「萩原朔太郎」の亡霊  内田康夫

角川文庫
30年前、群馬県K村。東京から来た遊佐先生を中心に地元の詩人「萩原朔太郎研究会」が結成されていた。日暮れて中学生3人が、先生宅を訪れると中から妻の春子らしい人物が飛び出してきて消えた。家に入ると先生の刺殺死体。3人組の証言で、春子が犯行を認めたため起訴された。ところが、裁判になると春子は一転、犯行を否定し、自白は強要されたものと主張した。最後まで争われ、春子に市民団体等がついたため、取り調べ美当たった須貝国男巡査や3人の中学生は悪者にされた。しかし最後に春子が病死して終わった。

土に埋められ、頭と手足だけ出したスタイルで男が殺されていた。それは奇妙に萩原朔太郎の詩「死」そっくりだった。
「見つめる土の底から/奇妙きてれつの手が出る/足が出る/首がでしゃばる。」
男はあの証言した中学生の一人上野義則だった。しかし死ぬ直前に「ユサ」なる男から電話があったと知って、須貝元警視はびっくりする。彼は今は退職し、兄の財産を相続し、10何年ぶりかで訪ねてきた息子夫婦と暮らしている。遊佐は遊佐克人で、春子が獄中で産んだ子である。彼の復讐劇ではないか、との疑念ががわく。同じころ警視庁岡部警部も遊佐克人に注目する。
ゴルフ場の松の木に男の首つり死体がぶらさがっていた。そのスタイルはやはり朔太郎の詩「天上縊死」そっくりだった。
「…・天上の松に首をかけ/天上の松に恋うるより/折れるさまにて吊るされぬ。」
被害者は滝島茂。やはりあの中学生の一人だった。
岡部は残る佐藤俊雄の身辺警護をはかると共に、遊佐克人の行方を執拗に追う。滝島茂の息子康隆が借金が多いなどの状況証拠から逮捕されるが、アリバイが成立してしまう。岡部はようやく須貝を発見し、情報を交換するが遊佐が怪しい、くらいで決め手に欠ける。そして渋沢丘陵にある震生湖でその須貝の死体が発見された。これがまた見様によっては萩原の詩「およぐ人」にそっくりだ。
「およぐ人のからだは/ななめに延びる/二本の手はながくそろえて/ひきのばされる…・」
須貝の息子公一は「滝島と名乗る男に呼び出されてでかけ行方不明になった。」あるいは「遊佐を怖がっていた。」などと供述する。
遊佐の行方は杳としてしれない。捜査が壁にぶち当たった頃、岡部は子供と遊ぶうち自分たちはひょっとしたら「ばばのないばばぬき」をしているのではないか、と考え始める。そしてついに遊佐が発見された!数年前の行き倒れ死者の中に!しかし遊佐が犯人ではないとするなら、一体どういうことになるのだろう。事件は振り出しに戻った感じだ。
須貝の肺の中にあった水が分析され、震生湖の水を使って、別の場所で溺死させられたことが判明した。震生湖の水を採取していた不審な者に焦点を絞って追うと…。
連続殺人が起るが、初めのものは捜査を撹乱させるためのもの、3番目あたりが犯人の本当のねらい、というのはたとえばクリステイの「ABC殺人事件」などがそうだ。しかし作者らしく萩原朔太郎の死にそって殺されたり、地方色が出るなど味わいが素晴らしい。メヒシバのイモチ病菌の胞子から殺人方法を推定するくだりも面白い。(島田荘司「死者が飲む水」と似ている)
・戸籍簿そのものの秘密保持は法令化されているが、住民票はみせる。(89P)
・印鑑を常に携帯する習慣・・・・お役人(93P)
・非行少年が警察のやっかいになった後、二つのタイプが現れる。一つは、生まれてはじ
めておそれを知って、まともな生活へ戻ろうとする、いわば正常なタイプ。もう一つは、
一度臭い飯を食ったのだから、もうこれ以上は恐れる必要はない、と逆に開き直り、かえ
って非行の度合いが速まるタイプ・・・(214P)
・一口に浮浪者と言うが・・・・・段階的には大きく分けて3つのタイプがあると言われ
る。 一つはぞくに「風太郎」とよばれる「住所不定者」の段階で、彼らにはまだ十分な
勤労意欲が残っている。仕事にありつこうと努力もするし、金があれば簡易宿泊所に泊ま
る。つぎはいわゆる「浮浪者」で、この辺になると勤労意欲はきわめて消極的だ。・・
・・言って見れば、普通人が乞食に落ちる過渡期のようなものだ。そして最後がその「乞
食」である。勤労意欲はゼロ、行動力ゼロ・・・・(264P)
・汲み置きの水が室内にあったとすれば、水温も上昇するでしょうし、植物の種が発生す
ることもあるでしょう。・・・・・「これはメヒシバのイモチ病菌の胞子ですよ。」・
メヒシバ http://had0.big.ous.ac.jp/~hada/topics/grass/mehisiba/mehisiba.htm
・・・「発芽が始まってから70ー80時間と言ったところですかな。」(288p前
後)
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