文芸春秋ハードカバー
男に去られ、女の憎しみを一身に受けながら育った薄倖の女、青野あざみ。彼女が、心
臓の弱ったその女にたかった蜂をたたき殺したとき、女もショックで死んだ。施設で育っ
たあざみは、やがて看護婦となるが、同僚の田宮礼子に馬鹿にされ、初めて見つけた恋
人野沢慎二は、子ができぬと言う理由で、彼女を捨てて去った。彼女の中には憎しみと
嫉妬だけが育った。
頭の中で蜂が飛ぶ。その羽根の音が合図なのだ。彼女は田宮を、友人の笠井淳吉の妻幸
枝を、堕胎に来た若い女小田切美子を次々と殺す。そしてその後には、死者へのメッセー
ジとして必ず蜂の死骸を残す。しかし杉山正美をおそって、失敗し、凶器のレンチを現
場においてきてしまった。
最後の標的は野沢一家だ。彼にはお手つだいの中野林子が密かに好意をよせている。今
は姪のマリを引き取って、独身生活を続けている。残された時間は少ない。早めに3人
に復讐をとげ、後はどこかに消えて人生をやり直そう。
ついに林子とマリを連れ出すことに成功、車の中で睡眠薬入りの紅茶を飲ませて、眠ら
せ、あの生まれ育った秩父の施設に運び、洞穴に放り込む。後は野沢本人だ。しかし、
ついに警察と野沢と林子の弟圭太が追いついた・・・・。
なぜ、主人公のあざみが殺人に走るのか、そこに他人が同情する余地はないのか、その
理由は成長の過程だけで説明できるものなのか、その辺のところがわかりにくい。ただ、
スリリングで迫力は十分にあり、それなりのエンタテイメント小説にはなっているよう
だ。
・「お前なんか生まなきゃよかった!」甲高い女の声が闇のそこに聞こえた。絶え間な
くののしり、わめき散らす女の形相が目に浮かぶ。その記憶は、いつも鋭い痛みを伴っ
て蘇った。心の痛みではない。もっと現実的な肉体の痛みだ。憎悪としか言い様のない、
暴力の痛み。だが、幼いあざみは決して泣かなかった。(59p)