北斎殺人事件          高橋 克彦

講談社文庫

ボストン美術館中庭で一人の老日本画家が殺される。
一方日本では、「写楽殺人事件」で失敗した津田良平が盛岡に引っ込んでいた。彼は40に近い女画廊主執印摩衣子の依頼を受けて、北斎の真の姿を追求した兄の遺稿出版と未発表の北斎作品探しを始める。「北斎は実は金持ちだった。」「北斎は隠密だった。晩年長野小布施の高井鴻山を訪れたのはその動きを監視するためだった。」「北斎は武士だった。」「次々と変えた名前の謎」などが次々と明らかになって行く。
そして大阪の画商がもちこんだという上半分に黒い漆を背景に5人の釈迦、下半分に極彩色の地獄図絵を描いた大作、署名は北斎宗理辰政、箱書きにはフェノロサ、岡倉天心。天心の署名は本物と鑑定された。
しかし執印画廊が、この作品を買おうとしたときからおかしくなる。作品をのせた車が事故に遭い、炎上、作品は消える。これにからむ5000万の保険・・・果たして保険金詐欺事件か。そして突然の出版延期。当局の追求。摩衣子の父で文化勲章受章者岐逸郎の自殺。
ボストンで殺された老人は、益子秦次郎で若い時に岐逸郎と若い時にアメリカで活躍した画家、彼の妻は、後に岐逸郎の妻となったケイト。摩衣子の父は、どちらか実は不明。麻薬で失敗した秦次郎は岐逸郎から毎年金を受け取っていた。
岐逸郎を心から愛していた摩衣子はアメリカに行ったおり、秦次郎と面会するが出生の話しを暴露され、殺してしまった。そして紹介された北斎の贋作を日本に持ち帰った。しかしそれが贋作と分かる決め手が津田の兄の遺稿に書かれていることを知って愕然とし、出版を遅らせようとしたものだった。
最後に真実を告白した遺書を残して、摩衣子が雪の山に消えて行く・・・・・。
・北斎の作品の一番の特徴は・・・「観察眼だよ。・・・」(56p)
・高橋影保は幕府天文方奉行、地図を管轄する役所にいた。シーボルトの熱意にほだされ、迂闊にも伊能忠敬が作成した日本地図を贈呈した。・・・間宮が告発・・・北斎が事件にからんでいた。(205p)
・(ジゴキシンは)心不全や心筋梗塞に対する劇薬だ。・・・・50錠では致死量に少し足りないが、もともと心臓の弱い人間であれば死ぬのは確実である(320p)
・(北斎の)改号、転居はアリバイのため。長期の旅行の大半は危険人物の監視と海防の拠点調査。家系の不明瞭さも武士である事実を隠蔽する目的によって生まれた物だった。(434p)

* 贋作、箱書き
* 密室殺人、ジゴキシン