不安な産声          土屋 隆夫

光文社文庫

 人工授精の権威久保教授が、ろくに知らぬ女性をなぜ暴行し、殺したかを教授の告白という形で倒立叙形式で記したもの。
 人工授精で女の子を得た折原園江という女性の元に、笠田啓一なる男が訪ねてきて「おれはあなたの娘のドナーだ。娘を返せ。」と迫り、殺人事件に発展した。
 これを聞いて、久保教授はラジオで人工授精について解説したが、それを聞いて、幼なじみの荒木田克夫なる男が訪ねてきた。彼は子供時代悪ガキで、久保教授の妹は、荒木田の車に乗っていて事故に遭い、死んだが、状況から彼が殺したと考えられた。恨みを忘れられない久保教授は、自分の精液を荒木田の妻由美子に与えた。
 そして20年余、久保教授の童話作家志望の次男正志が、意中の人を父に紹介した。大原ヘルスファーマシー社長長女大原久美で、結婚相手として申し分なかったが、母を見て驚いた。あの荒木田由美子なのだ。荒木田が事業の失敗を苦にして自殺し、再婚したのだという。 絶対に二人を結婚させる訳には行かない。
 悩んだ末教授は、大原屋敷内にて、久美を殺そうと考えた。しかし誤って、お手伝いの恩田糸子を殺してしまった。
 強姦したように見せかけ、実験室から持ち出した教授のものとは異なる血液型の保存精液を注入する、などアリバイ工作をするが、千草検事がの見破るところとなる。犯行後、実は久美は人工受精でできた子ではない、荒木田克夫は、もしかしたら由美子に殺されたのかも知れない、などが明らかになるが後の祭り。教授は静かに毒を仰ぐ。

 決して聞いたことのないトリックではないが、叙述が丁寧でわかりやすく、読むものの心を打つ。結婚時期になった娘や息子のの選んだ相手が、実は自分の子だった、どうしようと言う設定は私も考えたことがあった。しかし語り口、人工授精という新技術を持ち込んだ点等にうならされてしまった。異なる精液の注入による暴行等のアリバイ工作はたとえば島田荘司の「占星術殺人事件」等でも見られる。

・「昨晩せっかく電話をいただいたのに、話の途中で切ってしまって申し訳ありませんでした。」と自分の非礼をわびている。・・・・・・この巧妙な言葉のあやが、礼子の錯覚を生み出す最初の布石であった。(338p)

1997/10/04 テレビで渡哲也主演の同作品を見たが、冒頭の恩田糸子殺し、久保教授逮捕に半分近くの時間を割くなど、趣がやや変わっていた。

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