漂流裁判     笹倉 明

文春文庫

昔、強姦事件を起こしたことのある紺野喜一(35才)は、喫茶店でウエイトレスをし ていた中山知子(19才)に好意を抱き、交際を申し込んだが、断られたため、ホテル に連れ込んで姦淫し、処女膜裂傷の傷害を負わせた、として一審で懲役刑を受けた。控 訴審における弁護を深水耕介が引き受けるが、和姦とする被告人の主張と、原告のそれ は真っ向から対立していた。
中山は模造刀で脅かされたと言うが本当か、中山は本当に処女であったかどうかなど強 姦に至る一つ一つの行為が吟味され、さらに中山が現在同棲する梶田、昔恋人だったが アメリカに渡った黒崎、黒崎の後恋人だった佐々木、等との人間関係が検討される。そ れはまさに紺野と中山の二人にまつわる「過去から何から洗いざらい掘り起こし、素裸 になるまで衣服を剥ぎ取るに等しい行為」(181p)であった。
結局、中山の証言にはつじつまの合わない点が多く、むしろホテルに連れ込んだ後、別 離に至るやりかたが、中山を怒らせ告訴の持ち込ませたと判断され、紺野は無罪の判決 を受ける。
ただこの小説で作者が描きたかったのは、被告人よりも中山知子の心の動きではなかっ たか。中山は美人で「男はその時の都合で利用出来るだけ利用し、用が済めば分かれる。 」と考える。冒頭で裁判終了後しばらくして、全く知らない男とまた仲良く歩いている 中山を、深水が見かけて驚く場面が印象的だ。そしてなぜ告訴をしたのか、紺野への恨 みか、母親に対し強姦により処女を奪われたと弁解したかったからか、それともそれは 世間に対してであったかも様々な角度から検討されている。
石和鷹の解説にある「この一作をものにするために、(作者は)5年の歳月を費やした。 安易な道ではなかった。妻子と別れて3畳の賃貸アパートに住み、・・・・・彼はこう して、誰の者でもない、彼自身の文体を発見し、実践してゆく・・・」という部分も私 は大いに感銘を受けた。