絃の聖域
絃の聖域 栗本 薫
角川文庫
長唄の安東流家元で人間国宝の安東喜左衛門は、一族郎党とともに、三軒茶屋近く、時代離れした屋敷の一画に住んでいる。
その屋敷内で、弟子の女性安東喜之菊が、何者かに刺し殺された。
一族郎党は、喜左衛門の傘寿記念公演で忙しいが、状況から犯人は内部の者、となっては安閑としていられない。
しかも下稽古の最中に第二の殺人!
番頭の横田が、同じような方法で殺された。
そして手に握る「綱館」の切れ端。
裏口から消えた喜之菊に似た女。
警察の必死の捜査にも関わらず、糸口すらつかめない。
そこにひょうひょうと伊集院大助が登場する。
彼はこの家の複雑な人間関係に着目する。
喜左衛門と彼を捨てて、信州に引っ込んだ藤野、屋敷内に同居する愛妾。
娘の八重、その婿の喜之助、喜之助の愛妾で別棟に住む友子。
八重が思いを寄せる左近、その左近を密かに恋する孫娘の多恵子、病弱でとても長生きはできないとされる由起夫、彼を守ろうとする友子の息子智・・・・・。
この家系には淫乱の血が流れている!!
公演当日、体の調子がおかしい由起夫は、八重に進められて八重専用のお茶を飲むと、死んでしまう。
そしてそれを飲んだ八重もまた・・・・。
同じ魔法瓶が、二つ発見され、一方からは高濃度の砒素が検出された。
誰かが砒素入の魔法瓶と摩り替えた・・・・。
大介は
「今日の台所の状況を熟知している人が、八重をねらって起こした殺人だ。
犯人は娘の多恵子!」
と喝破する。
元々がこの犯罪は、母の恋人左近を欲しがった多恵子と、父母を許せなかった由起夫の八重殺害を目的とした共同犯行だ。
第一の殺人は、八重との誤認殺人。
第二の殺人は、事情をよく知っている横田を、女装した由起夫が、起こした予防殺人。
こちらが先に起こったから、解決の糸口がつかめなかった!
「綱館」は、犯人が童子であることをあらわすダイイングメッセージ。
最後の殺人の特色は、状況で死ぬはめになれば由起夫が、それも仕方ない、と死への道を自ら選んだことにある。
多恵子は、見破られて自殺する。
雨の日、大介は、喜左衛門と対峙する。
「本当の犯人はあなただ。あなたは芸のために自分を捨てた藤野と、愛人吉村の作った子八重、その八重が吉村と関係して作った子由起夫や多恵子を許せなかった。
安東家をつぶしても彼らを殺そうとした。
そしてその目的のために母殺しを多恵子と由起夫に吹き込んだ・・・・。」
真実を見破られた喜左衛門の、この世の最後の三味線「鳥羽の恋塚」が屋敷にろうろうと響き渡る・・・・。
長唄という特殊な世界を描いた興味ある作品である。
全体に三味線の弦の響きと、長唄が聞こえるような、おどろおどろしい雰囲気を出すことに成功しており、章のタイトルも演奏の順序?をあらわす用語になっている。
トリックも特に目新しいものはないが、状況に応じて工夫されており面白い。
ただ、この作者の好みであろうか、トリックの技術的解説がわきに置かれている感じがする点が私としては気になった。
・弥三郎は、上質の白いセーターに、ウールのチェックのシャツの襟をだし、細身のコールテンのスラックスをはいている。ソファを進めて、自分もかけた彼がまず取り出したのはダンヒルの平たい箱だった。(下83p)
・この事件では、目撃者や過去を知る人間が先に殺され、それから本来の目的である八重さんを殺す計画が実行に移された。だから、何のために彼らが殺されねばならないのか、誰の目にも、さっぱりわからなかったのですよ。(下202p)
・バンクオーを殺したのはマクベスでしょうか。マクベス夫人でしょうか。(下321p)
・名探偵論争(下340p)