加田伶太郎全集        福永 武彦

新潮文庫

文化大学助教授伊丹英典なる素人探偵がワトソン役に久木助手を従えて解き明かす短編集。本格派好みで面白い。

完全犯罪
丸い窓が一つだけある船室のようになった3階の密室で、男が絞殺されていた。窓枠にあらかじめ毛糸を巻き付け、下の部屋でおばあさんがそれを編んでだんだん太くして行く。夜半、庭でたき火をたき、男が不振に思って窓から首を出したときに、編紐の先におもりをつけて遠くに投げる。編紐が窓枠からはずれて男の首を絞める。おもりを回収し思い切り締めて殺し、最後は止めてあった他の一端を離し糸を回収するという手口。ムーンクレサント事件を思いださせる。

幽霊事件
「弁護士が雇い主を殺す、女中が発見して驚く、玄関で呼び鈴の音、女中が出迎えに出ると死んだはずの雇い主がさっと通り過ぎる、女中が腰をぬかす。」という手口である。実は弁護士と雇い主がはげであるかいなかだけで殆ど同じ体型をしていることに着眼、女中が応対に出た雇い主は実は弁護士が一人二役。

温室事件
明かり取りしかない密室状態のガラス張り温室の中で、犬嫌いの男が、刃物で刺され、天窓の紐を握ったまま殺されていた。実は犯人が入口を開けて男を刺す。同時に温室に潜んでいた犬を天窓から飛び出させる。被害者はあわてて戸と天窓をしめてしまった。刺された傷が深くやがて絶命した、というもの。自分から侵入口を締めて密室を構成する手口はたとえば小林久三「暗黒致死」等に見られる。

失踪事件
伊豆半島放浪の旅に出た男が親切にされて見知らぬ男の所に泊まるが、睡眠薬を飲まされて朦朧となる。実家では失踪と騒ぎ立てる。見知らぬ男は実は歯医者で、男の歯を自分と同じように治療した後、火災を起こして自分の身代わりとして焼き殺し、細君に生命保険金を搾取させようとしていた。
・第一に分析力、第二に想像力、第三に論理力(135p)

電話事件
校長の美しい妻とPTA会長が怪しい仲。その双方に電話による脅迫。それには公金使用のおまけまで付いていた。実は校長の妻をマドンナとあがめる生徒たちのグループが彼女をかばってやった犯行だった。

眠りの誘惑
催眠術と殺人をからました短編。父親と客人が催眠術の術比べをする中、娘はおばあさんが父を「おまえが嫁を池に投げ込んだに違いない。」と非難するのを聞いた。非常階段を登ってきた父に水道のホースを向け、鞭のように冷たい水をかけ、突き落とし、殺した。

湖畔事件
部屋の中に、車の後に、血の後を残して髭の男が消えてしまった。熊の檻の戸が開けられ、熊がいなくなった。死体が上がらない。地元は大騒ぎ。しかし伊丹はこれが作家の売名行為であることを見破る。

赤い靴
交通事故で入院し、顔全体に包帯をまいていた有名な女優葛野葉子が、病院から飛び降り自殺した。日記から、彼女が赤い色を嫌っていたこと、夜半車を運転していてフロントガラスが赤くなり、赤インクの贈り物、赤ずくめの衣装を着た死んだ姉の乗った車が通過したこと、病院に入ってからは赤い靴を歌う声が聞こえたこと、夜間赤いくつが独りでに動き出したことで悩んでいたことが明らかになる。そこで死んだのは実は付き人だった、との偽情報を流し、待ちかまえていたところ、犯人が襲ってきた。捕らえてみると、葛野の役が欲しかった新人女優。ワイパーに仕込んだ赤い絵の具、自動的に動き出すおもちゃの赤い靴などのトリックが面白い。

・優秀な作品のみそ
樽   面倒くさい時間表
幻の女  「死刑執行前百五十日」に始まり、「死刑執行後一日」に終わる各章の日付。
僧正殺人事件  「誰がロビンを殺した」というマザーグースの童謡
そして誰もいなくなった  童謡
闇からの声 発端の不気味なささやき声
ワイルダー一家の失踪  失踪
暗い鏡の中に  二重人格像
Yの悲劇  被害者の書いた探偵小説のプラン
デイクスン・カー  古伝説、怪談、催眠術、ありとあらゆる神秘的な手(368p)