影の告発        土屋隆夫

光文社文庫

 少女はうっすらと目を開いた。あれは私がやったのだろうか。少女は過去の中を歩いていた。あの男はだれだったか。「どうしてあんなことをやったんだね。」
 毎年3月になると、修学旅行で上京する中学生や高校生がこの東都デパートに見学に押し寄せる。その上今日は、有名歌手が来るとあって混雑は最高潮。混み合うエレベーターのなか、不意に一人の男の体が崩れて転がった。男は、城崎達也、49才、光陽学園理事長。たまたまデパートに行っていた千草検事が捜査を開始する。死因はストリキニーネを尻に打たれたのである。倒れるときに男は「あの女がいた。」と言った。
 胸のポケットに二十四五歳の女とおかっぱ頭の女の子の映った写真。1949年 俊子とある。そばに真新しい名刺が落ちていた。その名刺の持ち主に、尋問すると、新しい字体を用いた名刺だったため、配ったのはわずかに5人と判明した。それぞれ訪ねて見ると、シナリオライターの宇月悠一だけが信州に旅行中でいなかったが、ほかは渡された名刺を持っていた。
少女は孤独な生活に慣れていた。「喋っちゃいけない。君はうそつきだ。」少女は夢を見ている。絡み合った四本の足。「うるさいガキだ。」天使になった少女が叫ぶ。私じゃない。あれをやったのは私じゃない
 宇月はもらった名刺を捨てたと証言、さらに事件がおこった頃、自分は小諸にいた、懐古園で撮った写真がある、そこでは名刺入れを落とした、文具店が文具を間違えて学校に届けるのを見た、などと証言する。一方城崎家を張っていた刑事たちは、事件当時二度にわたって夫の留守中に家庭教師の西田が訪問していたことを確認、西田と城崎の妻文代の関係を洗うが、アリバイが成立してしまう。
 千草検事が調べると、「城崎は、再婚で昭和26年以前の写真は焼却されている、光陽学園に就職してから理事長になるまでの時間がひどく短い!」大正2年生まれの彼は、応召から帰り、戦前から間借りしていた宇野という未亡人宅に戻るが、夫人が病死し、財産を引き継ぐ。上司の薦めで前妻の浪江と結婚するが、彼女は外人の車にはねられて死亡、仲人をした藤沢という課長も、城崎が養っていた子供に窓から突き落とされて死亡している。その直後現夫人と結婚しているのだが、その裏には理事長にするという約束があったらしい!あまりにも多い、城崎を取り巻く死、そして藤沢課長の一子は埼玉に引っ込んだと言うが、宇月は昭和11年埼玉生まれ!
 少女はうすい掛け布団の下で、ひっそり息を潜めていた。「誰もここへ入って来ませんように。」足音が近づいてきた。あの男だ。掛け布団が剥ぎ取られた。「さあ、今度は話してくれるだろうね。」
 宇月がやはり藤沢の遺児だったが、東京、小諸懐古園、東京の順で撮られた鉄壁のアリバイに守られている。小諸懐古園の写真が舞台のセットでは無いか、との説も出たが棄却される。さらに懐古園で落としたと主張する名刺入れが、地元の学生により発見された。
 一方写真の俊子は、藤沢を突き落とした女の子であることが判明したので、ルーツをさぐる。彼女は、捨て子で、熱心なクリスチャン木戸保代の経営する聖光愛育園で育ち、城崎に引き取られたが、問題の事件を起こし、返されている。後に聖光愛育園が火災を起こし廃園、俊子は時計店に勤めたが、突如退社、睡眠薬を飲んで自殺した。木戸保代は今は隠退し、娘の早智子のもとで寝たきりの生活。早智子のまとめた文集に、俊子が父の指示で藤沢を突きおとした事を示唆する作文があった。その早智子が突然殺されてしまった。
 「名前は?職業?店の名は?年は?・・・・なぜ自殺なんて言う馬鹿なことをしたんだ。」ああ、何も話したくない、聞かれたくない。ポケットの中に握りしめていた催眠薬の瓶の感触。水と錠剤を交互に飲みながら空っぽになった瓶を遠くに投げつけたときの、ぽとんという音。安心感と絶望的な不安感・・・。
 宇月は、木戸が殺された頃、自宅アパートにいた、関係者が喫茶店から電話をかけてきた、と主張した。
 しかし関係者に自宅の番号と偽って木戸の電話番号を教えておいたらしい。電話の時間に木戸宅におれば自宅にいるように見せ掛けて電話を取ることが出来る!写真は、全く別の時間に行って撮影、焼き付けしておき、それを撮ればごまかせる。宇月の示した写真には宇月の影が写っているが、気象庁によれば城崎が殺された日、小諸は終日曇りで太陽は出なかった!
 名刺入れは、図画の時間が2日続けて同じ場所で行われることを発見し、前日に捨てておいた。文房具の注文も前日に、翌日届けるように注文した!ついに当局は完全に宇月のアリバイを崩し逮捕状を用意する。
 実は俊子は、宇月のドラマを見て過去の罪を思い起こし、謝罪したが、宇月はその俊子を愛した。悪いのは君じゃないと慰めたが、彼女は自殺してしまった。その遺書を読んだことが城崎殺害の始まりだった。今、俊子をモデルにした読むための戯曲の第一部を完結しようとしていた。
 宇月の戯曲の断片ということになるのだが、各章の冒頭に出てくる意味の取りにくい詩が興味を引く。何と言っても叙情性豊かな物語が魅力。犯人は比較的早く宇月とわかり、後はアリバイ崩しである。トリックは大がかりではないが、読者を引きつける書きぶりは素晴らしい。

 ところで推理小説のまとめは
1 ストーリイを伝えたい。
2 要約は、読んで面白い事が望ましいから、文章は生きていなければならない。
3 出来るだけ元の作品の味を伝えたい。
4 トリックは、出来るだけ明らかにしたい。
5 タイトルの由来も明らかにしたい
6 犯人捜し物では、犯人をはっきり明示しない
7 感想と批評はできるだけその作品に限定し、同じ作者の他作品に言及して紙面を増やすようなことは避ける
等と考えて書くのだが、この作品のように冒頭に詩などあるものは非常に難しい。今回あえて挑戦してみたが、うまく行ったか、どうか。

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