風のターンロード      石井 敏弘

講談社ハードカバー

「満月の夜。古びた振り子時計がカ、カ、カ、カ、と機械音を流す店内。奥にはまだ二十歳前後の若い娘たちが三人おり、したたかに酔い、自分たちの話題と笑いに夢中であった。観葉植物をはさんで対角線上の隅に彼らはソバージュヘアをし、サングラスをかけた女の子を認めたように記憶している。気がついたとき、最前、店を出て行った男がマールボロを片手に戻ってきて、娘たちをみてにこりと笑った。しかし次にでたのはわあああ、という滑稽なまでに誇張された男の叫び声。男の視線のさきにあるボックスには一本のナイフを深々とふくよかな胸に刺された女の死体!」

この七年間、WGP(ワールドグランプリ)を追いかけてきた出版社編集部芹沢顕二が愛車ZUに乗って戻ってきた。彼は、1年前に喫茶店ルーエで起こった殺人事件の被害者床又美恵子が実は自分の義理の妹である、と知って調査を始めたのだ。

事件の起こったルーエは工藤圭介がマスターを勤めていた。店では美恵子のほか盲目でピアノをいつも弾いている寺崎怜子、好青年川口透が働いていた。他にバイトが数人。川口の証言によると

「美恵子から、外にでていた圭介が腹痛(実は盲腸炎)との連絡が入り、怜子が付き添いに病院に行ったと聞かされた。ソバージュヘアをし、サングラスをかけた女は覚えている。彼女の注文で外の自販機にマールボロを買いに行った。戻ってきたら、もうその女はおらず、美恵子がボックスで死んでいた」

調査を進めるうちに、次第に複雑な人間関係等が明らかになってくる。テラサキ化成会長寺崎重吉と娘婿啓太郎の確執、彼の娘たちの境遇、運命、工藤圭介等がかかわっている市民合唱団ラファエルの人々等。

そしてラファエル団員三橋省子の撲殺死体。忽然と消えたソバージュヘアをし、サングラスをかけた女、二つの事件で位置が変わっていた水飲み鳥、振り子時計に秘密はあるのか。謎が謎を呼んでゆく展開である。

作者はとにかくバイクが好きようである。そのバイクに対する愛情と知識に裏打ちされた文章が読むものを魅了する。特に冒頭の寺崎恵子とラリー記述などがそうだ。

「モリワキの集合マフラーが、カン高い、官能をそそりたてる排気音を吐き出した。ZUの重い750(ナナハン)の車体が、くだりの道を目もくらむ加速度で疾駆する。針でつつかれるような身をさす寒風が鳴き声を上げ、コーナーが急激に迫る。右の爪先と左の指が動き、フルブレーキ。がくんとフロントフォークがつんのめるように圧縮され、強烈な慣性Gがライダーに襲い掛かり前方にふっ飛ばさんとする。それを踝と膝のグリップで殺しながら忙しくシフトダウン、ステップに荷重をかけて一気にマシンをバンクさせる。」(12-13P)

顕二の母床又芳子や寺崎啓太郎を中心とする人間関係がかなり複雑で話を難しくしているように思う。また最初のトリックも成り立つかどうか疑問を抱かせる。しかしこのような若々しい記述がこの作品を魅力あるものにしている、と感じた。

なおこの作品を読んで私はガストン・ルルーの「黄色い部屋の秘密」を思い出した。どうして思い出したかは実際に読んでのお楽しみ!

R030924