危険な童話    土屋 隆夫

光文社文庫

お星さまは
あんなにたくさん お友だちがいるのに
お月さまは
いつもひとりぼっちでした。・・・・・
 薄幸の作家伊原道人は、この詩で始まる「月女抄」執筆半ばにして発狂、自殺し、今では過去の人のなった。しかし邪悪な想念をもつある人物がこの詩を利用しようとした。
 出張で長野にでむいた刑事木曽俊作は、殺人事件に遭遇、殺された男が須賀俊二と知って驚いた。数年前泥酔して女性を殴り殺し服役した男で、刑期を終え明るい顔で出所したばかりである。彼は、亡くなった従兄の妻でピアノ教室を開いている木崎江津子を訪ねるが、翌日江津子が買い物にでかけたわずかの時間に、刃物で刺し殺された。現場の状況、犯行前後その区域に出入りをした人物がいないこと等から、江津子に容疑がかかった。しかし肝心の凶器が見つからない、犯行動機が不明、江津子が頑強に否定するなどから、捜査陣の中でも疑問が出て、逮捕に踏み切れない。
 木曽は主任と共に、凶器を探し、6才になる娘の加代子に尋問する。しかし彼女は犯行当時隣の細君が風呂に入れていた。江津子の夫精一郎が数年前に妙義山で事故死している。しかしなんの関係がある。江津子の結婚指輪からルミノール反応が出た、血液型は被害者のものと一致。しかし決め手にはならない。木崎は江津子と須賀の間に何か隠された関係があるのでは、と考え始める。
 「キザキエツコハ・ハンニンデハナイ。コロシタノハ・オトコダ。オレガ・トオリガカリニミタ。フミツブシタニンギョウヲ シタイニニギラセタノモ・ソイツダ。・・・」の投書が警察にとどいた。犯行現場は外からは見られないはず、人形が踏みつぶされたことを知っている、などから投書した者が犯人、との説が有力になる。そしてその葉書から写真店を営む前科二犯笹部用吉の指紋が検出された。しかし笹部は、犯行当時団体旅行について伊豆に行っていたという。
 木曽が須賀の両親の家で発見した幼いときの写真は、なんと加代子そっくりだった。加代子は須賀の子ではないか、しかし出所して戻ってきた須賀を江津子は拒絶し、犯行に及んだのではないか、という思いが広がる。二通目の投書が送られて来た。その指摘通り、凶器と思われるナイフが、お城の石垣の中から見つかった。これが決め手となって木崎江津子の不起訴が決定した。
 しかしあきらめない木曽は、子供たちの会話から加代子がお月さまと仲良し、と言った言葉を思い出した。あの投書は江津子が加代子に教え込んで送らせたものではないのか。石垣の凶器は偽物で本当の凶器が偽名でポストに放り込まれたらしいことも分かった。宛先も差出人も不明な荷物は廃棄される特性を利用している!江津子との接点を求めようとしていた矢先、笹部が、上田の旅館で青酸カリ入りのウイスキーを飲んで死んでいた。前夜何者かに渡された青酸カリ入りのウイスキーを飲んだのだ。
 木曽は、江津子が映画館で痴漢を受け入れる風を装って笹部に近づき、葉書にインクの指紋を付けさせた。それを使って投書したが、笹部が後でそれを発見、江津子を強請ったのではないか、江津子は一度は応じ、媚態を見せながら、毒入りウイスキー瓶をわたしたのではないかと推定する
 しかし物証を欠いた木曽は、江津子と直接対決する。江津子は、蒼白になりながら最後の一線でとぼけた。しかし笹部が江津子を訪問した時に用いたと考えられる靴べらを押収した事から、発覚したと観念、木曽の推定した通りの犯行経過を遺書に残し自殺する。
 最後に残った動機は、須賀の日記によって明らかになった。かって精一郎が職員旅行で出かけた折り、須賀は眠っている江津子と関係した。そして加代子が生まれたのだが、精一郎が無精子症であった為、他人の子であることが分かってしまう。彼はそれを恥じて自殺したものだった。一方俊二は、獄中で加代子が我が子と知り、恋しくなり、出所後よりを戻そうとするが江津子が許さず、殺害されることとなった。
 最後に冒頭の童謡と今回の犯罪の関係が明らかにされる。加代子のこれからを思い、江津子の父が木曽に「あの子にこれからどんな人生があるのでしょうか・・・。」と呟くように言うところが印象的。

 話全体が非常によく設計されている感じだ。多くの会話やエピソードがありながら、それらは一つとして無駄なものがない。冒頭の童謡の続きを各章の最初に載せ、その章の内容を暗示しているところが非常に印象的だ。この話の主人公はあくまで木曽刑事である。だからバックグラウンドに一市民としての木曽の私生活が時々現れている。木曽が我が子への思いとだぶらせながら、加代子をとらえその行く末を思っているところが人情味にあふれている。
 トリックもなかなか面白い。偽指紋は複製と言う考えが思い浮かぶが、痴漢を許すふりをしておさせるなど女ならではの技。男に電話をかけさせる手口、毒入りウイスキー瓶との取り替え手口等も面白い。幼児を使って凶器を郵便局に送りつけ、不明として処理させてしまうやり方も唖然。

・(女は)論理を飛び越して、いきなり感情的な結論を突きつけてくる。しかも、唐突に発した一語が、どれほど夫の胸に、鋭い痛みとなって残るかを理解していない。(20p)
・(刑事の先輩の一言)現場へ行ったらおしになる。喋っちゃ駄目なんだ。それから、他人の話もなるべく聞かねえようにしている。ただ見る。それだけだ。五回でも、十回でも、おれは現場へ行く。(41p)(1961 44)
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