講談社文庫
短いさらっとしたした文章の積み重ね、それでいてその場の状況、登場人物の心のうご
きが丁寧に説明されている事に気づく。いくつかの場面を同時並行的に書き、最後はま
とまって行く、という書き方も特色の一つ。
染色会社社長の息子高行のまわりには奇怪な事件が相次いだ。常用する薬の中に仕込ま
れた毒薬、出生の秘密と未来を予言する不吉な手紙、そして父峰行の死と全財産を高行
に譲るという奇怪な遺言状。そして再びガス栓があけられ、殺されかかる。3度目は偽
装自殺を試み、犯人糾明を行おうとするが本当に死ぬことに・・・・。
一方で色気より食い気、立身出世を夢見て電気屋を飛び出した勇吉、それを追いかける
自己中心的な志津子、亡夫の怨念にとりつかれた緋絽子、彼女をしつこく追いかける木
津等個性豊かな人間が登場し、複雑にかかわって行く。そして木津の死、緋絽子と勇吉
の心中・・・。
しかしこの作品の特色は、いろいろな人間がいろいろな角度から殺人、もしくはそれに
近いことを行うことかも知れない。高行の父は実の子でない高行を毒殺しようとし、失
敗すると自責の念から全財産を高行に譲るとの遺書を残す。妹のめぐみは、高行に財産
を取られそうになり、高行をガス中毒死させようとする。木津にせまられた緋絽子は、
自殺を装って木津を交通事故死させ、ばれると勇吉と心中してしまう。そして勇吉にふ
られた志津子は、勇吉を殺人犯にするために、偽装殺人を試みる高行をネクタイピンに
より死においこむ。まさしく危険な関係が続いている訳である。
・錠剤を半分に割って毒物をしこみ、またくっつける。(24p)
・どの男も「嬉しがり」で「見栄坊」で、そのくせ「吝嗇」だった。ちょっとこちらが
優しくすると恋人気取りになる。・・・・「仕事」の魅力の前では「情事」は色あせて
いた。(94p)
・「これだから女は嫌いだ。」と勇吉は思った。自分と関係のない話はしたがらないの
である。(148p)
・高ちゃんの家には電話が二つある。・・・・それが「話中」だったのは、その時間に、
誰かが2階の電話を使っていた。つまり計画的に、2階から茶の間へ電話をして、高ちゃ
んを部屋からだそうとしたのに違いないんだ。(289p)