「期待」と名づける    樹下太郎

別冊幻影城

桐里かすみは、バー勤めの少し足りないが、気のいい女。水商売がながく経験した男も星の数ほど。今は坂田友八郎という妖しげな男と同棲している。ある時彼女はふと湯上がりに「タオルが落ちましたよ。」と声を掛けられ、何か引っかかるものを感じた。
OLの雪本絢子は、サラリーマンの土岐峻吉という恋人がいたが、彼には金がなく、その上初山京子という女までいた。彼女は、たまたま社長の息子の浜田宗仁と縁があって結婚する事になった。しかし新婚旅行で行った熱海の「星山ホテル」で、彼女が風呂に入っている間に、夫は転落死してしまった。
ある日、桐里かすみのもとに木田と名乗る男が訪ねてきた。どこかで見た顔!やっと昔、伊豆のホテルに行ったことを思い出す。ところがその話をすると、木田は、金を渡して「忘れてくれ。」と言って消える。
不審に思ったかすみが坂田に話したところ、坂田は伊豆のホテルが「星山ホテル」であり、転落死事故があったことをつきとめた。坂田は、絢子が木田と恋愛関係にあり、木田が浜田を殺したのではないかと疑い、金を強請ろうと同室だった絢子を訪問する。ところが彼女から逆に「木田を殺してくれ。」と頼まれる。
実は浜田宗仁の死から1年たち、喪があけると、絢子の姑は親類の片岡文彦との再婚を勧めた。再婚し、浜田家に夫婦養子に入り、後を継げとと言うのである。土岐が好きだったころ、絢子は「まず浜田と結婚し殺害、第二段階で浜田の母を殺害、そして結婚しよう。」との計画を作った。しかし、1年の喪の生活は、絢子に富に囲まれた生活の素晴らしさを教えた。今はよりを戻そうとする土岐がじゃまになったのである。
絢子は土岐に「片岡との結婚はなくなった。あなたと結婚したい。ついては京子と分かれる手紙を書いてほしい」と誘いをかけ、喫茶店に呼び出す。坂田がそっと土岐のコーヒーカップに青酸カリを入れ、「遺書にも見える京子への別れの手紙」を内ポケットにさし入れる。木田は土岐の偽名であった。
やがて絢子と片岡文彦の豊かな結婚生活が始まる。坂田はかすみと正式に結婚し、「星山ホテル」に行く。そしてあの日、新婚夫婦を追いかけてきた木田こと土岐が、 階上の部屋にいる浜田に「タオルが落ちましたよ。」と声をかけ、引きずり落としたトリックを説明する。

悪女もので、ウールリッチの「死者との結婚」やアルレーの「わらの女」などを彷彿とさせる。ホテルの下の階の部屋から「もしもし、タオルがおちましたよ。」と声をかけ、上の階の部屋の男を引き落とすところはブラウン神父シリーズに似たようなトリックがあった。自殺や心中の遺書をだまして、死に行く本人に書かせる手口は、「お墓に青い花を」、別の作家では日下圭介の「蝶たちは今・・・」に見られた。

素晴らしい作品とは思うものの、現代から見るとやや物足りないところも感じられた。土屋と絢子の悪女ぶりが今一つはっきり描かれていないように思えるからだろうか。二人がそれだけの事を画策するには、それだけの思い入れがあったはずだ。また結婚した浜田や姑とのその後の生活がどうであったのか今一つ見えてこない気がする。
推理小説として見た場合、ホテルでの殺人は完全犯罪でなければならなかった。それが二階と三階では浜田が死なない可能性があるのではないか。このような殺人方法をとるか、という点が疑問。青酸カリ殺人は当然警察の手が入ると思うが、どうだろう。

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