小笛事件      山本 夭太郎

創元推理文庫 日本探偵小説全集11

 実際にあった事件を復元、小説化して書いたもので甲賀三郎の「支倉事件」とならぶ裁判物の代表作とのことだ。発刊当時の挿し絵いりで復元され、読者は実際に裁判に参加しているような気になるところもあり、大変興味深い作品だ。
 昭和初期京都の長屋で平松小笛なる小柄な女性が首をつり、病弱な娘千歳、たまたま泊りに来ていた6歳と3歳の女の子が首を絞められて、殺されているのがみつかった。容疑者は事件のあった夜、そこに泊り、翌朝早く出ていった広川丈太郎である。小笛は丈太郎より20歳も年上であるが、深い関係にあった。
 最近は丈太郎は別れることを望んでいたが、小笛は「それなら死ぬ」くらいのことを言っていた。 小笛は鴨居に紐をかけ、それに首を突っ込み、火鉢をまたぐような妙な格好をしていた。首筋には生前中のものと、死後についたと思われる縄の後が2条ついていた。机の上にはカタタナより知らぬ小笛の書いた遺書が3通あり、その1通に広川の印がおしてあった。事件前夜7時ころ、みなは食事をしたが、胃の消化物を検査した結果、死亡推定時刻は食後7ー9時間と判断された。すると死亡時刻は午前3時ころになるが、広川は「午前5時ころ小笛に見送られて家を出た。」と主張した。
 果たして広川が4人を殺したものか、あるいは小笛が3人を殺した後、首をつって自殺したものか、が裁判で争われた。検察側は事件発生時に広川がいたはずだから、犯人であると主張、弁護側は、消化物による死後時間の推定は絶対的なものではない、縄の後は自縊の場合でも2条になることがある、京大出の秀才である広川が自分の遺書を小笛に書かせるわけはない、などと主張。結局無罪が認められる。

・遺書は死を覚悟したものが書くものであるから、その内容は偽りなき真実な物でなければならないが、遺書は対者に向かっての意思表示であるから、それが直ちに、死者の真実の情意である、と決めてしまうことは非常な早計である。(181p)
・この小さな虫(油虫)が、広川のため獄中唯一の友達となった。(363p)

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