角川書店ハードカバー
福島運輸守衛の柴山吉夫は、マンションの上から落ちてきた鉢植えに当たって死んだ。
鉢植えを落とした4階の切手店経営朝海雅子が、男と争っている内に落ちた、と申し立
てたため、事故として処理されようとしていた。
ところが言い争っていた男、福井修が箱根で刺殺死体で見つかった、2階に住んでいた
少年の「事件が起こったとき、見返り美人切手が空を舞うのを見た。」と証言した、な
どから、にわかに殺人ではないかとの疑いが強まり、寺田刑事等が追跡を開始する。
調べると雅子は、金融業西野剛三の擁護を受けており、その西野は切手収集狂で天堂大
学の有力者神崎教授に「玉六のヨ」なる珍品切手を、雅子を通じて手に入れ、贈ろうと
していた。天堂大学を岩手県に誘致し、その功績で地元出身の郵政省エリート多賀矢を
国会議員に推そうと考えたのだ。
多賀矢の宣伝に、岩手名物を図案にしたアフリカ小国発行の切手シートが配られた。し
かしそれは西野、地元有力者鷲津の協力で雅子が密かに京都の印刷屋に刷らせた日本製
の代物。そしてその事実がばれそうになった頃、行方不明になっていた雅子が、花巻温
泉のゴンドラの中つり死体となって見つかった。
事件は、雅子の残した切手に託した遺書、執拗な追跡から次第に解明に向かって行く。
犯人は神崎と思われたが、実は多賀矢、彼は出世のため鷲津の娘音里と結婚しようとし
ていた。アフリカ切手の秘密をかぎつけた柴山、福島を殺し、さらに多賀矢を愛し、切
手シートで貢献し、殺人の手助けまでした雅子を処分したものだった。多賀矢のエリー
ト一流の自己中心的弁明が面白い。最後に多賀矢は、神崎と争い、事故死する。
ジャポニカ切手に謎、玉六のヨ等の珍品切手等、切手趣味を存分に生かした記述が面白
く、ついつり込まれて読み進んでしまった。文章もこなれているし、切手のタイトルを
つけた各章の名前も面白い。
・切手印刷についての記述(211p)
・だが、回り道の末、今やっと国政に参与出来るという岐路に当たって、女や老人やア
ル中にかかわりあっているゆとりなどない。彼らは私にとってあまりに小さな、ほとん
ど虫に等しい存在なのだ。(258p)
・発売された切手がもし全部使用されたりしたら、郵政省はたちまち国鉄同様の赤字経
営に陥ると言うことさ。(271p)
・自らの弱さを知るものこそが、他者を許し、大衆の意を汲み、民主的な世の中を支え
ていくことが出来るのだ。(300p)
・現代は忙しすぎる。どんな功労者でも死んだ翌日からは忘れられてしまうように、あ
の男も忘れられただけでしょう(309p)