戻り川心中   連城三紀彦

講談社文庫

whydunitを主題とする短編小説集。いづれも時代の雰囲気、情景描写、筋立て等申し分なく素晴らしい。
藤の香
 大正の末、瀬戸内海沿いの寂れた色里に呉服商の私は縫という女をかこっておりました。縫は、病気の亭主の薬代をかせぐためにこの色里に来ていたのです。その色里でよそ者が連続して3人殺され、縫の隣家の代書屋が疑われました。代書屋は獄中で自殺しました。親切で遊女たちの悩みに答えてやっていた代書屋がなぜそんなことをしたのでしょうか。しかし、縫が、里から尋ねて来た亭主と間違えて私を襲ったことから、すべてが解けました。縫は、病気の亭主を呼び寄せて心中しようと考えるくらい追いつめられておりました。一方世を捨てた代書屋は、遊女たちの多くは親兄弟が病気などでこの世界から抜け出せないでいる、幾人かでもその根を断ち切って解放してやろうと考えたのでした。縫の病気の亭主もこうして呼び出され、殺されたのです。
桔梗の宿
 色街に一銭松というにわか成金の死体が発見され、前夜同じ宿で鈴絵という幼い女郎を買った福村が疑われる。どうやら福村は、鈴絵を救ってやるために必要な500円を、一銭松から奪ったらしい。新米刑事の私は、先輩と捜査に当るが、鈴絵は次第に私に打ち解けてきた。別れ際鈴絵はお七という人形をさし、私はこの人形のようだという。福村が消え、私はしばらく色街から遠ざかったが、ある日一銭松と同じやり方で殺された福村の死体が見つかる。私は、鈴絵が何か知っていると直感し、問いつめると彼女は「福村を殺したのは私や。」と告白。翌日彼女は首吊り自殺をする。
 鈴絵はいつの間にか私に惚れてしまったのだ。殺人を犯せば、八百屋お七の例のように、好きな私にまたあえると考えたのだった。
桐の柩
 支那事変の起こった歳、食い詰めていた21才の俺は、下町の木場に小さな縄張をもつ萱場組貫田征士郎の文字通りの手になる。親分は、病にふせっており、床の後ろには何時死んでも良いように、と立派な桐の柩がおいてあった。ある時、俺は、貫田兄に遊郭で女を抱いてくれ、と頼まれるが、相手の女は、なんと死んだ鴫原兄の妻のきわ姉さんだった。唐津組との出入りの後、貫田兄から親分を殺してくれと頼まれる。俺は、柩の中に忍び込み、音をたて、蓋を開けた親分を、下から鑿を突き上げて殺した。
 事件は、親分の自殺で終わったが、俺はどうして貫田兄が親分を殺せと命じたのか分からなかった。しかし応召され、戦地で二人殺して帰って始めて事情が分かった。貫田兄ときわ姉さんは、惚れあった結果鴫原兄を殺した。貫田兄はその罪を隠すために血跡の残った柩を死体を作って処分するか、きわ姉さんを殺すしかなかった。
白連の寺
 幼少時代の闇を透かして見ますと、母が男に襲いかかる姿、燃えさかる炎、幾重にかかる橋の向こうにたたずむ男の子、白蓮の花を地中に埋める母の姿などが思い浮かびます。私は、清蓮寺の住職鍵野智周の子として生まれましたが、五歳の時父が亡くなり、寺が火災で焼け、それで東京に出てきたのだと教えられました。中学の頃、母が父を殺したのではないかと考えましたが、見知らぬ女の訪問によって、母と寺男の乃田満吉が関係し、母が満吉を殺した、と考えるようになりました。しかし母の死後訪れた檀家の宗田は、実は父が満吉を殺した、母と満吉の間には貞吉という男の子がいたが関東大震災で死んだと主張しました。しかしそれは私の記憶とはまったく違っていました。母がやはり父を殺している・・・それなら私は、自分は満吉の子ではないか、と思い当たりました。
戻り川心中
 大正歌壇の寵児・苑田岳葉は村上秋峯に師事するがやがて破門される。そして2度に渡る心中未遂事件を起こし、二人の娘を死に追いやった後、自殺して果てる。世間では最初の心中で愛していた桂木文緒と死ぬことのできなかった岳葉が、カフェの女給依田朱子にその面影をもとめ、第二の心中を計ったものと解釈される。そして歌集「桂川情歌」「菖蒲歌集」がそれぞれにヒットする。
 しかし現場を調べた私は驚くべき事実に突き当たった。事件は、病床の妻ミネとの不仲、村上秋峯の妻琴子との関係、琴子の出家が始まりだった。あふれる才能にめぐまれながら、実体験のなかった岳葉は、文緒、朱子と情死行を経験しようと考えた。同時に本当に愛している琴子をえようと画策する。岳葉に恋した二人の女は、岳葉の心が別の女にあると知って嘆く。結局岳葉は二人の女を人質に、琴子の還俗をせまるのだが失敗し、自殺したのだった。
 文学と推理小説の中間を行くような作品、大正時代のロマンチシズムが横溢しており、叙情溢れる作品である。

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