仲のいい死体     結城 昌治

角川文庫

山梨県東八代郡腰掛は、甲府駅からバスで二十分あまり、ブドウ、リンゴなどの果樹栽培以外に産業としてみるべきもののない町だ。ところがブドウ畑に突然温泉がわき出た。人々が歓喜し、保健所や警察が渋い顔をするなか、旅館を建てる計画が持ち上がっていた。
そんな折り、葡萄畑の持ち主で美人の未亡人持田加代と隣町駐在所の草葉巡査の死体が、冬の明け方、日蓮宗円命寺境内で見つかる。

円命寺には加代と関係があるらしいと噂されるなまぐさ坊主日海和尚、少し頭の足りぬ寺男海念が住んでいる。寺の隣が万仲医院で、万仲英一は医者の収入の少ないことをいつもぼやいている。加代は腰掛町議会議員十川春吉の経営する割烹旅館花月の女中だったが、なかなか美人で日海のほか春吉や果実出荷組合の仙波福松からも色目を使われている。さらに温泉を利用したホテルの事業化のことで東京から来ている北小路厚彦なる男ともあやしい。

腰掛警察署の郷原部長は、東京から派遣されてきている。こちらに来て一年あまり、起った事件と言えば何か月か前に起こった保坂ミツ子の自殺、温泉の風紀問題くらいだった。そこにこの事件、当初は心中に見えたが、捜査の結果、草葉巡査は真面目をはんで押したような男で、加代と関係していたとは考えられない、二人は農薬を飲んでいるが、加代は死体を横に向けた形跡が死斑から読み取れる、二人の死亡推定時刻が違うなどから、他所で殺されて運ばれて来たと断定せざるをえなくなった。

事件の前日、草葉巡査はストリップ劇場に行った後、消息を絶っている。加代の方は娘の瑞枝の風邪薬を万仲医院にもらいに行った後消息を絶っている。
腰抜け地蔵の後ろで草葉巡査の手ぬぐい、加代のつげの櫛と風邪薬の薬袋、鶏卵大の小石が発見されるが事件と結びつかない。日海和尚、十川春吉、仙波福松、北小路などが容疑者としてあげられるが、はっきりした証拠がない。何より彼らに二人を殺す理由が見当たらない。しかもなぜ殺されなければならなかったのか、郷原は悩む。

ところが捜査中、郷原は、容疑者の一人で十川の妻多美子の絞殺死体を運んでいる仙波にであってしまった。自宅の庭に落ちていた、ということだが、調べを進めるうち、死体は最初円命寺で発見され、それを和尚が仙波の家に運んだものと判明した。

事件解決の糸口は意外なところにあった。郷原が円命寺の裏の林で腰抜け地蔵の後ろで見つかったものと同じ風邪薬の薬袋を見つけた。万仲医院は加代に与えたはずの風邪薬を二袋作っていたのだ。もし前日、草葉がストリップ劇場を出た後、万仲医院を訪れていたとすれば・・・・・。

寺の和尚、旅館の主人、医師、不動産屋などが田舎町で色欲と金欲をむき出しにして作り出すドラマが面白い。饒舌調の文章、ブラックユーモア、村に伝わるエピソード、なぞ解きの魅力等が渾然一体となって素晴らしい味を醸し出している。

話の進め方は推理小説の常道を行っており、T困った問題(状況説明)U心中の問題(第一の事件)V動機の問題(解決への努力)W新しい問題(第二の事件)X残った問題(解決編ほか)とすっきりしている。

ところで山梨県東八代郡腰掛について作者は最後に「腰掛町から10キロほど北の、同じ東八代郡石和町で、山梨交通の買い取った土地から、48度を超える温泉がもうれつな勢いで噴出した・・・」などとしている。しかし腰掛は、どうやら架空の場所で石和そのものをモデルにしているらしいことは明らかである。するとなかなか面白い腰抜け地蔵や落人伝説に基づく町名の由来などは作者の創作?

*死斑というのは、死後、停止した血液の流れが、重力にしたがって死体の下位に沈んであらわれるものである。死後一、二時間で斑点状に現われ、十二時間ぐらいで死体下部全面にひろがる。そして死後五時間ぐらいまでは、指先で死斑部を押すと、血が周囲に散って蒼白となり、この時期に体を上下反対にひっくり返すと、上部になった死斑はまもなく消えて、あらたに下部になったところに死斑が現われる。
しかし、死後十時間以上も経つと、指先で押しても色は褪せないし、体を動かしても死斑の位置は変わらなくなる。、死斑の出ている加代の左首筋に、部長は指先を押し当ててみた。指先を静かにはなす。死斑はいささかも退色しなかった。(65p)

*代行検視というのは、ほんらい検察官がなすべぎ検視を、司法警察員がかわって行なうもので、行政解剖とは、変死体の死因などをあきらかにするために行なうものをいう。これは解剖をしなければ犯罪の疑いがあるかどうかわからぬというような場合に行なうのである。他殺死体に対する司法解剖との差異は、法律手続上の間題にすぎない。(68p)

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