お・それ・みお・ある決闘     水谷 準

創元推理文庫 日本探偵小説全集11

この人は大変なロマンチストで詩人なのだと思う。

お・それ・みお
 私の妹奈美枝と草葉洋次郎は恋しあっていたが、妹は突然死んでしまった。その墓が暴かれた。しばらくして草葉から呼ばれてゆくと「墓を暴いたのは僕だ。あんなじめじめしたところに寝かせておくのは忍びない。僕たちはこれから天に昇って死ぬのだ。」奈美枝と草葉の大きな二つのヘリウムいり気球は大空にゆっくりゆっくり舞い上がっていった。

胡桃園の青白き番人
 胡桃園の小柴と私と料理人の娘綾子は仲がよかった。 ところがある日、料理人が首になり、綾子がいなくなった。 小柴の嘆きは深かった。 それから何年かして、私は洋行帰りの折、時子なる幼い娘をつれ、今は山本夫人になった綾子を見かけた。 小柴は「そんなはずはない。」と否定した。 そしてある日、小柴は「綾子を穴の中に閉じ込めた。」と告白、穴の中を覗くと女の子の死体、そして小柴は「僕もここで死ぬ。」とふたを閉じた。 小柴は綾子とそっくりの時子を誘拐し、この穴にとじこめたのだ。

空で唄う男の話
 閑散とした喫茶店でコーヒーを飲んでいると、ビルとビルの間の綱渡りの広告が目に付いた。華奢な隣の男に「きっと落ちますよ。」と話しかけたところ、男は笑いだし「僕があの綱渡りなんです。アメリカの曲馬団にいたんです。あなたの新聞社では、在京二百万の人々を、あっと言わせたくはありませんか。」
当日、男は群衆にむかってお辞儀をし、最初の一歩を歩みだした。第二歩・・・私の心に「落ちるだろう」という言葉が、独りでによみがえってくる。突然男が走り出し、バランスを崩し「諸君、さようなら」の声とともに落ちた。死体の中から現れた書状には彼が生まれてこの方綱渡りなぞしたことがない、と書いてあった。
感傷的な話である。男の言う「こんなつまらない世界がどうしてできたのでしょう。こんな刺激のない世界には、もう一刻たりとも生きていられない訳なのです。」これが作者の作品に対する思いなのだろうか。

以上r991019

ある決闘
 愚連隊の白崎と久保田は共に月岡八州子に恋をし、どちらが交際できるか決めようと決闘をすることにした。立会人は手塚、大館、夜、鉄橋の下の河原におり、ピストルを手に取って背中合わせに立つ。列車の汽笛を合図に十五歩ずつ前進して回れ右、そのとき列車が頭上を通過するから音は聞こえない。轟音一発、白崎が胸を撃ち抜かれて死んだ。
 それなら自殺したことにしよう、と遺書を用意し、ピストルも放置して皆は何食わぬ顔をして月岡宅へ戻る。翌日刑事が来たが麻雀をしていたと口裏を遭わせる。ところが現場の白崎のズボンから中稗が見つかり、みんな真っ青。罪におののいた久保田は首吊り自殺してしまった。 それから約二ヶ月、大館が八州子にプロポーズした。八州子は言う。「私、あなたが犯人だって知っているのよ。久保田の弾は当たらなかったのよ。真ん中のあなたが白崎を撃ったのよ。」
決闘という今ではありえない儀式を、実現させて見せたところが面白い。(1951 47)
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