葉煙草(シガリロ)の罠    山村美紗

徳間文庫

 森麻子がガイドしていた外人が、清水寺で手洗いに行ったわずかな間に刺殺された。手に十円玉をしっかりと握りしめていた。男はフィリピン人貿易商ベルナスと判明。京都府警の狩矢警部は、麻子に事情を聞いた後、大使館に問い合わせ、彼がマニラ市内に住む有力者で、葉煙草の輸出に関し大南物産と関係がある、1年前に息子がマニラ支店長野村晴夫とセスナ機に乗って事故を起こし、亡くなっている、との情報を得る。所持していたカメラのフィルムから、事件がおこった頃、黒目眼鏡の男など三人の怪しい男が、ベルナスの周囲で行動している事が分かった。

 麻子の夫はフリーライター。この件で特ダネをえようと張り切り、友人石川と共に事件の調査に乗り出す。日本は、葉煙草をほとんどアメリカから輸入しているが、フィリピンからなら半額で輸入できる。しかし専売公社は族議員からの圧力で、輸入枠をしっかりと決め、なかなかフィリピン産は増えない。昨年フィリピンからの輸入増をめざし、専売公社の松村克彦が大南物産に天下ったが、すぐにあのセスナ機事故で中心人物の野村が亡くなった。松村も退社し、輸入増計画は頓挫した。狩矢警部もほぼ同じ情報をつかむが、あの黒眼鏡の男と死んだはずの野村晴夫が酷似していることに気がつく。セスナ機の事故の状況を松村に問いただすと、野村はほとんど黒こげ、わずかに指輪と歯形で特定したという。そして尋問中に松村に専売公社OBの大物保守党代議士が近づく。

 森夫婦と石川は、東京で松村と野村晴夫の未亡人亜矢子の関係を確認した後、京都に向かった二人の後をつけ、ホテルの隣室で睦言の盗聴に成功する。石川は、これを元に松村を脅し、真実を聞きだそうと出かけるが、翌日石川と亜矢子の心中に見せ掛けた溺死体が琵琶湖疎水に浮かんだ。狩矢警部は、森夫婦と松村をあやしいとマークする一方、団体役員と称する男が野村の形見だ、と亜矢子の義理の娘夕美子に渡した銀のコンパクトを回収。調査するとフィリピン製ではあったが、セスナ機事故以後生産された物だった。

 石川と同様に森は、盗聴テープで松村を脅すが、松村が怖がらない。チェックするとベルナス殺しの時間、松村が亜矢子と共に比叡山のホテルにいたとの会話が入っており、重要なアリバイになっていたのだ。案の定狩矢から詰問され、松村は、石川から買い取ったとするテープを示し、私は無実と豪語する。狩矢警部は、生きている事が確実になった野村晴夫を追うが、野村は宇治川近くで目張りした盗難車に排気ガスを引き込んで死んでいた。遺書には「フィリピン産の煙草輸入量を増やすために大西社長、松村部長と努力したが失敗した。事故で死んだのはたまたま、フィリピンに来ていたA氏で、私は事件を利用して自分を抹殺し、失敗の原因を知ろうとした。」文字も本人のものと確認されるが、それでも狩矢警部は、やはり野村は殺されたのではないか、と考える。

 大西社長が今回の事件の責任を取ったと称し辞任。A氏は政界の黒幕山岡謙三の秘書青木と判明した。大西社長と面談した森は麻子に「今回副社長になった剣持たちの罠にはまったのだ。私は外様で、業績をあげようとしていたから、山岡の秘書青木が持ってきたフィリピンからの葉煙草輸入問題に、飛びついた。煙草議員に多額の政治献金をしたのだが、裏切られて失敗、副社長派に追われた。」それから数日して週間タイムスに派手に森による葉煙草輸入問題疑惑の予告記事が出た。

 ところが麻子は、突然山岡から呼び出された。「ご主人は騙されている。フィリピンからの葉煙草輸入量を増やそうと、私は松村を補助者に、大西を社長にしたが、大西は動きすぎて失敗してしまった。社長辞任が決まり、自分で小さな会社を設立。ベルナスと交渉し葉煙草輸入事業を興そうとしたが、断られて怒り、殺してしまった。さらに私たちが保護していた野村も殺した。」

 一方狩矢警部は、事件の日、大西とベルナスが会見した事を確認、山岡の言うような殺人も考えられ、大西を追求するが、ベルナスとの契約書を見せられる。最後に彼は亜矢子が何か公表できない理由で、比叡山のホテルを出て、松村がつけて出たのではないかと疑う。部下の青木を殺された山岡が、野村をかばうのはおかしい。何か野村や松村に弱みを握られているのではないか、と考える。

 犯人は常に山岡のバックの元に動いたが、賄賂をもらったことが山岡に発覚することを恐れてベルナスを殺した。しかし犯行を感づかれ、何とか逆に山岡の弱みを握ろうと第二、第三の殺人を犯したのだった。しかし悪事露見、参議院出馬声明の日に大団円を迎えることになった。

 最初の10円玉の派手なダイイングメッセージは交渉場所の宇治平等院を示すもの。
 三つの殺人事件のうち、トリックとして面白いのは野村が目張りをした車に排気ガスを引き込んで死んでいた件。「電気掃除機で吸い取っても密室に出来ない。」としているが、デイクスン・カーの「爬虫類館の殺人事件」ではこの方法で密室を作っている。この場合は、他の三つのドアを目張りし、運転席のドアはガムテープをつけたまま外に出る。車を崖の側に置き、発見者に運転席のドアを開けさせ、他のドアを見てすべて目張りされている、と錯覚させる手口である。
 探偵役はいつもキャサリンの影に隠れた感じの京都府警狩矢警部。どうして、どうしてと論理でしつこく詰めて行くところが魅力である。本格的な刑事ものに近く、作者としては新境地を開いた作品なのではないか。葉煙草業界における国会議員、右翼、官界、民間の癒着ぶりがよく描かれている。特に山岡の亜矢子説得の描写など論理も方法も良く書けている、と思う。(1977 43)
r991123