光文社文庫
日本の刺青の技術は、英国の故ジョージ五世も彫ったほどで世界的に高い。東大医学部研究室には多くの死体からとった標本が保存され、それは見事である。
刺青は、戦時中衰退していたが戦後になって復活し、昭和22年、吉祥寺のある料理屋でコンクールが開かれた。その席で探偵小説マニアの松下研三は、大学時代の友人最上久にであう。久の兄竹蔵は、最上組組長で、大蛇丸の刺青を持ち、コンクールで優勝した野村絹枝は彼の二号だそうだ。絹枝の父刺青師の彫安は、大蛇を使う大蛇丸を絹枝に、大蛞蝓に乗って現れる綱手姫を双子の妹の珠枝に、大がま使いの自雷也を兄常太郎の体に彫ったという。絹枝によれば、実は三すくみで不吉なものとかでいやがっている。
案の定、研三が、絹枝に電話で呼び出されて訪問すると、なんと窓も入口もしまった密室の風呂場に、白くやわらかな二本の腕と、長く伸びた二本の足、それに生首が横たわっているではないか。窓には蛞蝓がはっている。生首を鑑定させた結果、絹枝である、との証言が得られた。竹蔵の叔父にあたる刺青博士こと早川博士が「胴はどこだ!」と叫ぶ。
犯人は痴情もつれから竹蔵か、財産上の利益を得る弟の久か、刺青を集めることに異常な執念を燃やす早川博士か、死体の発見された前日誘われて絹枝宅を訪れた竹蔵の子分稲沢か、あるいは竹蔵に恨みを持つ臼井なる落ちぶれたやくざか?いづれも決め手がない。
研三の兄で警視庁捜査一課の松下英一郎が苦しむうち、第二の殺人が起った。工事現場にあった古い倉庫の中で最上竹蔵の射殺死体が発見された。さらに南方で行方不明になったと思われていた常太郎は復員していたのだが、全身の皮をむかれて発見された。
(ここで作者は読者に挑戦している。今までの条件で犯人がわかるはずだ!)
英一郎が苦しむのを見て、研三は、友人の名探偵神津恭介の援助を頼んだ。たちまちにして彼は第一の殺人の密室の謎を解いてしまう。蛞蝓の侵入経路から下水を考え、糸とピンのトリックで外から浴室内部の閂を懸けてしまったのだ。いよいよ犯人を断定し、罠をはる!
実は、第一の殺人で殺されたのは、ピカドンで死んだと思われたふたごの妹珠枝だった。別の場所で殺害し、頭と手足を持ち込んだのだ。いかにも現場で殺されたようにみせるために密室を作り、水道は流しっぱなしにし、血を洗ったと見せかけたのである。(心理的密室と作者は呼ぶ)もちろん胴を持ち去ったのは、背中の刺青が絹枝と違うからだ。胴は高温加圧硫酸を使って溶かしてしまった。この殺人の目的は早川博士を犯人に仕立てるためのものだった。第二の殺人は絹枝の浮気を餌に呼び出し、殺害したものだが、犯人の真の目的はこちらにあった。第三の目的は真実を知った証人の抹殺である。第一の殺人の目的を強調し、早川博士をいっそう犯人らしく見せるために皮をはいでみせた。
原作はこれに刺青の作り方などがからんでいる。早川博士が「非ユークリッド幾何学」と呼ぶもので、実は下書き段階の刺青が消えたり、その写真が問題になったりするが、その辺は実際に読んでのお楽しみ。
この作品が書かれたのは昭和22年、作者は27歳、ひどい窮乏生活を続けていた時だそうだ。江戸川乱歩に原稿を送り、認められたもので、作者の処女作で作家としての運命を決めた大きな分岐点であったと言う。密室、胴のない死体と替え玉殺人、アリバイ崩しなどぎっしり詰まった素晴らしい本格推理小説と思う。ヴァン・ダインの「グリーン家の殺人」と同様の方法で事件を分析したり、エラリー・クイーンの作品に見られるように読者に挑戦状を送ったり、密室談義を展開するところなども面白い。刺青という特殊な風俗について良く調べられているとも思った。
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