死者を鞭打て         鮎川哲也

講談社文庫

 悪名高い批評家多田慎吾は、鮎川哲也の作品「死者を鞭打て」が、10年前に「ゼロ」という雑誌にでた女流作家石本峯子の「未完の手記」の盗作である、と断定した。鮎川は、全く身に覚えのないことだったが、身の潔白を証明するためその女流作家を探しだし、対決しようと決心する。
 しかし唯一石本峯子のその後を知っていると思われた新聞記者望月泰二は、竹芝桟橋に死体となって浮かんだ。アパートの管理人の話をたどって、石本峯子の本名は槻木トク子と言ったらしいと分かる。しかしそのトク子の行方を知っていると思われた父の槻木伝兵衛も、殺されてしまう。
 しかし鮎川等の執念の捜査は、トク子が香港に渡り、そこにいると見せかけながら密かに日本に帰っていること、トク子が性転換をしたらしい事を突き止める。そして捜査の協力をした沈舜水は、トク子が実は鮎川がいま推薦している若手作家金沢である、と指弾する。

 この小説はストーリー自体もさることながら、文壇裏話の様なものが随所にちりばめられている点が面白い。同時に作者は、リラックスして書いており、そのため逆に主張や小説に対するホンネの考え方が随所にでていて興味深い。

・(推理小説の)本格物は全行が伏線だと言われるくらいだから、執筆にあたって、他の畑の作家とは段違いの集中が要求される。(22p)
・普通小説と違って、推理小説は殺す者と殺される者とによって物語が成立している。従って書く方の側としては、作中に知人や友人の名を用いぬことは最小限の常識であり、また礼儀でもあるのだった。(23p)
・ヤキシンが豚の焼き肉、シイモンが吸い物、クーラーゲースはクラゲの酢の物としてある。・・・・ヒネルタジャーが水道、ワルトアンデルが饅頭だという・・(30p)
・犯人が追及を遅らせるために、一ノ橋を一ツ橋と書き換えるところが面白い。