講談社ハードカバー
太平洋戦争末期、上野顕文中学の教練を担当する配属将校諸田少尉ことポケゴリが殺さ
れた。根津神社近くの坂道で教練に用いる三八式銃で頭を撃ち抜かれていた。
ポケゴリは厳しい、気違いじみた教練で生徒から嫌われ、級長の私こと高志も生徒との
間に入って苦しい立場にあった。
私は事件当時秀才の掘田から参考書を貰い受けに行くため、現場近くを通りかかった。
そして密かに思慕をよせている諸田の妻、薫と密会していた英語の教師アオセビこ北上
先生が、逃げ出すのを見かけた。北川が追求されるが、三八式銃はどのようにして持ち
出されたか等が不明のまま捜査は打ち切りとなる。
やがて戦争が不利になり、北川も堀田も薫も消えた。諸田の遺書が見つかる。
それでは「私は薫がスパイの可能性すらある北上と密通しているのを知った。脳腫瘍で
助からぬ身である私は、自殺し、その罪を二人に着せようと考えた。小使いの古見に銃
を持ち出させ、北川を撃つと見せかけて、自分自身を撃たせた。」
戦局が苦しくなる中、五中に行った掘田が病気で死に、自分は学徒動員で工場で働く身
となる、思いを寄せる薫は、三鷹に引っ越し、苦しい生活を続ける、親しい友達や知人
が戦地に赴くなど当時の世相を背景に懸命に生きる人たちの姿と考え方が丁寧に描かれ
ている。
そう言う意味では推理小説と言うよりも文学作品と言った趣だ。
・悪魔は悪を生き甲斐としているから痛快である。悪人は悪と知って生きねばならぬか
らかわいそうである。だが悪を善と思いこんだり、善とこじつけたりしている正義面し
た人間は、胸が悪くなるほど不愉快である。ポケゴリの手紙はそれに満ちあふれていた。
すべては病気の性であり、日本帝国軍人の名誉のためであった。陰険な陰謀性も、本質
的な嗜虐性の、すべて病気の中にすり込んで正当化しようとしている。そしてどうあっ
ても理屈の立たぬところは省略している。(279p)