妻に捧げる犯罪        土屋 隆夫

光文社


 昔のおとぎ話は「むかし、むかし、あるところに」というなつかしい前奏曲と共に流れ出すのんびりしたものだが、現代のそれは変わり果てたすさまじいものばかり。 まいねん、まいねん、天から役人の下りてくる不思議な国の話 、ゼイ菌や、ケン菌を飲み込んでしまう怪物の話等々。一人の男が「妻に捧げる犯罪」と題した一編の現代にふさわしお伽話を作り上げた。登場する人物はいづれも好色、陰険、虚偽と策謀に満ち・・・。
 私、日野克一は月ヶ丘女子短大助教授。ある時交通事故にあい、性的不能者となってしまった。退院2ヶ月後ホテルで妻の悦子が浮気の果てに焼死してしまった。私は浮気男の妻、関佐代との情事にも燃えない。やるせなさを紛らすために密かに見つけた喜びは、いたずら電話だった。「あなたの夫は、妻は実は浮気をしている!。」
 ところがある夜のこと、電話をすると女の声で「ああ、あなた?」「いま、のませたのよ、あれを」「新しいビタミン剤だと言ってね。」「たかまつのおねえさんに連絡した方がいいかしら?」「あなた、そこにいてよ。さかえちょうなら車で十分くらいね。」「おとなりのおばさんのところ。起きているらしいの。」なんと女は私を夫殺しの共犯者と間違えているらしい!さんざん苦労して私は栄町、高松、おばという名から尾羽啓司を見つけだし、犯行場所を推定した。さあ、どんな女だろう。私のメルヘンが始まる!
 尾羽の妻の情報によると、死んだのは隣家の柏原悠作、妻は志麻。二人は再婚で、柏原は資産家、志麻は、看護婦の後ホステスをやっていたという。ところが診断をした沼倉医院の診断では、死因は脳梗塞とされていた。帰り道、私は浮気相手の佐代に出会ってしまった。
 私は匿名やあるいは沼倉医院の名まで使って志麻にしつこく電話をかけた。ところが5回目、志麻のそばに誰かがいることが分かり、10分後の6回目の電話には応答無し。あわてて、様子を見に柏原家にかけつけると、暗い庭に和服の首吊り死体。私はあわてて逃げ帰ったが、自分のイニシアルK.H.の入ったライターを現場に忘れてきた!。
 ところが新聞には志麻が白いスーツを着て自殺、800万円が消えているとの記事。どうなっているのか。そこに佐代が押し掛けてきて、どうやら先生の子が出来たらしい、と告げる。私は完全に性的不能とまでは言いかねる状態だったのだ!そして「ライターのイニシアルも先生と同じK.H.でしたわねえ。」
 沼倉医院を訪れた私は、悠作が倒れたとの連絡を受け、簡単に夜中にしかも産科・婦人科の医者が出向いたことを不審に思う。同科の事務長が、栄町に住む村田慎二と知って、こいつが犯人と確信する。ビタミン剤は嘘で、恐らく少量のモルヒネを使ったのだろう。共同して悠作のニセの死亡診断書を作成したに違いない。発覚しそうになって志麻を室内で殺したのだろう。金を盗ったのも村田だろう。自殺に見せようと、衣服が汚れぬように浴衣を着せて庭の木に吊したが、私が登場しあわてた。私が去った後、村田は浴衣をはがしたのだろう。
 村田と佐代は死ななければならない!彼らはアダムとイヴのように禁断の木の実を食べて罰せられるのだから、同一の日に、同一の場所で、同一の凶器で、そして死体は全裸のまま公衆の目にさらされる。・・・・この課題殺人はわたしを熱中させた。とうとう情事を餌に佐代を高層ホテル呼びだし絞殺、スキャンダルを餌に村田を呼びだし殺害、二人をホテルから吊して見せることに成功した!犯行はばれまいと思っていたが、強請を得意としていた村田の隠しカメラが私を捕らえていた・・・・。

 倒叙小説であるが、ブラックユーモア的要素の濃い作品である。読者に主人公と一緒に次はどうしてやろうか、と考えさせる点が魅力だ。特にいたずら電話からえた思わぬ情報を元に犯罪を推定する前半は面白い。この辺は草野唯雄の「爆殺予告」(鶯谷)、ハリー・ケメルマンの「9マイルでは遠すぎる」などを思い起こさせる。ただ課題殺人はこじつけという感じがする。

・家庭とは、オスとメスが、肌を寄せあって暮らしている小さな檻にすぎない。私の電話は、その檻に投げ込まれる小石であった。(24p)
・人間が生まれてくる方法は一つしかないが、殺す方法は無限にある。(207p)
・課題殺人(208p)
・隠し撮り用カメラ(246p)
(1972 55)
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