海の牙   水上勉

双葉文庫

 「水潟病」で面影を変えた熊本県水潟市。原因は町の人口の半分が関与していると言われる東洋化成の工場排水中の有機水銀と推定されていたが、会社側は認めない。木田民平は市内で病院を開く一方、「水潟病」患者の診断にあたり、今日も滝堂村の漁夫鵜藤治作のもとに治療に行った。
 そんな中、東京から自費で水湾病の調査に来ていた保険所員結城が行方不明になった。結城の妻郁子からの捜索願いを受けて、警察嘱託医もかねている木田は、碁がたきの勢良警部補と共に行方を追う。その結果、某大学教授とその助手と称する二人が結城に接触していたことが分かる。やがて鴉についばまれた無惨な結城の遺体が発見される。さらにシラス台地に埋められた助手河野の死体が発見される。二つの殺人犯は大学教授に絞られる。
 宮崎と熊本の境にある湯山温泉、そこにはすでに警視庁からきた来栖警部と郁子が来ており、追っていた教授は砒素をあおって自殺していた。来栖の話では「大学教授は阿久津、助手は河野と言い、東京の寺野井弁護士事務所から送り込まれて来た者らしい。寺野井は東洋化成の競争会社の命をうけ、工場の爆破をねらっていた。結城も実は寺野井の命で工場敷地の調査に来たのだが、阿久津から真相を聞き対立して殺された、河野は金の問題から殺された。」と言うことだった。

 事件は阿久津、結城の双方を知る郁子の証言、阿久津と結城の接触が証明された事等によって一応真相が解明された。しかし木田は、何か不満だった。郁子の行動にはどうも腑に落ちないところが多かったが、郁子から「実は私と阿久津が深い関係にあった。」との手紙を受け取ったとき、ようやく本当の原因がわかった。工場爆破についての意見の対立等ではなく、阿久津は、郁子を奪うために結城を殺した、水潟行きを結城殺人に切り替えた!
 その日公害問題に悩む水潟漁民が工場を襲う。「代議士様、毒のある水を流さないようにしてください。 代議士様、恐ろしい水で死にかけている漁民をお救いください。代議士様、死んだ海を私たちに返してください。」 
 工場襲撃以降、国会議員等の仲介もあって工場側と漁民側はようやく和解のテーブルにつく。補償金を一部支払うとの声明もなされた。しかしすでに滝堂部落では水潟病で夫を失った鵜藤の妻が、奇病に冒された息子を抱えて死んでいた。

 もちろん水潟は水俣のこと。作者自身がこの公害運動にかかわった経験が存分に生かされている。文章はやや硬い感じがするが、公害の現実、関係者たちの思惑と行動、そして男と女の問題がうまく組み合わされて、公害告発と同時に物語としての面白さを楽しませてくれる。

・麻酔薬に伽羅を用いているところが面白い。榮太郎飴(本文では栄次郎飴)はそのにおいがするとか。
きゃら【伽羅】:香木の種類。沈香(ジンコウ)の最上の種類。わが国では最珍重された。 
・まだ解決のつかない悲しい事実が、たんにこの水潟地方、九州の人たち、いや、国民の現実問題として、誰もが考えてくれているとは限らないと言うことだ。まして複雑な資本主義機構の中で、会社もまた個人の愛憎に似たみにくい争いの渦の中にあると言うことだ。(314p)

r990925