八つ墓村    横溝 正史

角川文庫

鳥取県と岡山県に県境に位置する八つ墓村は、戦国時代、尼子氏の残党8人が落ち延びてきた時、彼らの黄金をねらって不意打ちにした村。いまでも彼らの墓が残っている。そしてそのたたりか、大正x年、東家と呼ばれる田治見家の当主要蔵は鶴子という女性を暴力で妻にした後、発狂、32人を殺して逐電した。
私は当初この事を知らなかった。私の母は7歳の時に他界したが、養父に育てられ、復員した後化粧品会社に勤めていた。昭和2x年、突然諏訪弁護士と祖父と称する井川丑松に「君の本当の名は田治見辰也といい、要蔵の子である。本妻の子春代、久弥が病弱であったため、田治見家の嫡流が絶えてしまう恐れがある。小梅、小竹の二人の大叔母が心配し、あなたを探し出して後を継がせようとしている。要蔵の弟里村修二には慎太郎という息子と典子という妹がいるが二人はなぜか好いていない。」しかし家には「八つ墓村に帰ってきてはならぬ。ろくな事は起らぬぞ。云々」の脅迫状が届き、丑松は毒入りカプセルを飲まされ、私の目の前で死んでしまった。
事件を解いたのは、村からの美しき使者森美也子で、彼女はかって東屋に対抗した西屋の御寮人だった。彼女に伴われて、八つ墓村に行くが、昔の事件の関係者が私を色眼鏡でみてた。気が触れているという噂で盗癖のある濃茶の尼の「帰れ!」の罵声を浴びる。私の生れたという座敷に起居することになる。大叔母の計らいで次々に村の人を紹介されるが、そのさなか、病の床にあった本妻の子、久弥が毒殺される。
私は美也子に探偵金田一耕助を紹介された。
法要に来ていた連光寺の洪禅和尚が毒の仕込まれた会席膳の酢のものを食べて亡くなった。私に伝えることがあると言っていた慶勝院の梅香尼が死んだ。奇妙な書き付けのある紙切れを持っていた。
私は二人の大叔母の行動から自室の長持ちの中から、地下の鍾乳洞に通じる道を見つけた。真夜中、二人の大叔母が通った跡を確認し、外に出ると典子がおり、その口から美也子と慎太郎が結婚することになっていると知る。典子は寂しいからか、私に恋しているようだった。翌日春代からあの濃茶の尼が絞殺され、疎開者の新居医師にお客を奪われた藪医者久野医師がいなくなった話を聞かされた。
洞窟の中で鎧兜を見つけたが、その下から蝋化した父要蔵の死体が見つかった。あの大量殺人の後、彼はこの洞窟に逃げ込んだのか。さらに小梅おばさんがお竹おばさんと洞窟探検にいったおり消え、やがて死体となって見つかる。そして村の青年団による洞窟狩りで久野の死体発見!
連続殺人の疑いは、梅香尼の持っていた書き付けの書体から久野医師と考えられていたが、今度は先祖のたたりとして私自身にかかる。春代の指示で再び洞窟に逃げ込み、典子に助けられる。春代が襲われる。捜索する若い衆の会話から次第に真実が明らかになる。そして最後に金田一のなぞ解き。

犯人は要蔵の弟の慎太郎と結婚し、当主に慎太郎を据えようと考えたのだった。「気にいらない奴を殺してやりたい。」最初にそう考えたのは久野医師だった。ところがその殺人計画書を濃茶の尼が盗んで捨てた。それを犯人が発見、計画書に従って犯行を重ねた。

最初の当主要蔵の無差別殺人は、西村望の「丑三つの村」と同じく、昭和13年5月岡山県津山市で起った30人殺害事件をモデルにしている。「ムラ」という閉鎖社会の様子が良く描かれている。格別大きなトリックはないが、地下洞窟探検談等は兜、石棺、大判などが登場しさながら、宝捜し、なかなか面白くエンタテイメント作品として楽しめる。計画書に従って殺人、というところは「Yの悲劇」を思わせる。殺人の動機がわかりにくいところがポイントになっているが、逆に弱すぎる感じもする。

・ついに溶解したゼラチンを検出することが出来たのである。そこでこう言うことになる。祖父を殺した犯人はカプセルに入った毒物を与えたのだが・・・・(49p)
・屍蝋(273p・・広辞苑)
蝋化した死体。死体が長時間、水中または湿地中にあった場合、脂肪が分解して脂肪酸となり、水中のカルシウムやマグネシウムと結合して石鹸様になったもの。屍脂
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