夜歩く     横溝 正史


角川文庫

私は売れない作家、屋代寅太で、同郷の仙石直記に経済的援助をうけ、彼のいいなりになっている。郷里は岡山の山村で、かってそのあたりを古神家が支配していた。仙石家はその重臣。古神家は、当主織部が亡くなってその未亡人お柳とその子守衛、八千代が残っているが、お柳と直記の酒乱の父鉄之進が入魂になり、皆、小金井にある広大な屋敷に住んでいる。
古神家は代々佝僂病の者がおおい。八千代は夢遊病者だが、実は鉄之進の娘との話で佝僂の気はない。しかし、子供のとき予言者から、将来佝僂と結婚すると言われて恐れている。そんな彼女のもとに脅迫状が届き、キャバレー「花」で佝僂を見つけ撃ってしまう。それが縁で撃たれた佝僂画家蜂谷小市が小金井の屋敷に入り浸りになった。
私は「困っている、一緒に行ってくれ。」と直記に頼まれ、屋敷に行く。ところが鉄之進が隠してあった名刀村正を持ち出して暴れ、夜の九時ころ刀を直記の金庫に預けた。翌日、蜂谷と守衛がいなくなり、はなれで首無し死体が見つかった。そして血のついたスリッパの足跡!金庫には血のついた村正。警察が捜査に来た。死体の足に銃痕があったから蜂谷と考えられ、守衛が犯人と考えられた。しかし守衛の乳人、お喜多婆さんが「守衛は最近自分の足を銃で傷つけた。死んだのは守衛!」と主張。その夜、夢遊病者のように歩く鉄之進の跡をつけた私は池の中に守衛の首を発見する。すると犯人は蜂谷か。
二ヶ月ほどして鉄之進がお柳等と故郷に静養に行くと出かけると、皆、引きづられるように岡山の山村の屋敷に向かった。私が最後に行ったが、途中私立探偵と称する金田一耕介が一緒になった。
再び鉄之進が村正を持ち出して暴れた夜、直記は刀を預かった。その翌朝彼が「刀がない!」と騒ぎ出した。金田一が、八千代が真っ白な着物を着て竜王の滝方面に出ていったと言うので、直記と追いかける。稲妻の中、佝僂の蜂谷らしい男が見え、まもなく滝壷の上に首を切られた白い寝間着姿の八千代らしい死体が見つかった。
ところが金田一等の捜査で佝僂の変装用具一式と、コンパクトが見つかった。同じころ近くの直記が密かに海勝院に預けた静枝さんがいなくなっていることが判明した。コンパクトは静枝さんのものだった。すると首なし死体は静枝さん?
しかも家に戻ると女中のお藤が妙な告白をした。「私は実は蜂谷と情を通じていた。だから首がなくても本人かどうか分かる。小金井の首なし死体は蜂谷です。」
すると二人とも殺されたのか。金田一が厭な事を言い出した。「蜂谷は守衛よりずっと前、実は九時前にあの村正で首を切られた。胃の検査をしたが偽装されていた。スリッパの足跡も犯行を遅く見せるための偽装だ。今度の事件は八千代が共犯者である。」
私は完全に負けを覚った。今まで書いたことはすべて私の小説である。もう筆を断ちたい。しかし金田一は言う。「あの小説、なかなか面白いですよ。是非完結してみせてください。」
その夜、直記が夢中遊行を起した。チャンス到来である。私は跡をつけ、滝壷の上できゃつを木に縛り付けた。いよいよ復讐の時がきた。「出征の時、たった一人の恋人静枝をお前に預けたのに、お前は襲い、狂わせた。大体おれの家は水飲み百姓で昔古神家に潰されたのだ。そのおれをお前は幇間のように馬鹿にした。すべての恨みを込めてお前の首を切り、おれの首なし死体にしてやる!」
そうなのだ。小金井の事件はカモフラージュ。こちらで殺されたのは八千代。八千代は私に利用されただけだ。私と静枝は八千代と直記を殺し、私たちに見せかけて新しい人生を始めようとしているのだ!しかし後ろを振り向くと何と静枝と金田一!

首なし死体というトリックは作者が長年暖めてきたトリックだそうだ。しかしこの作品を出す前に後輩の高木彬光「刺青殺人事件」に先を越されてしまった。そこでその上を行く作品ということで発表したという。物語の主人公が実は犯人、というところはなんとなくクリステイの「アクロイド殺人事件」を思わせる。「夜歩く」というタイトルと内容はデイクスン・カーの同名作品を思い起こさせる。しかし佝僂の登場、退廃した人間関係、カモフラージュ殺人、小金井と岡山の二部構成などで、そういったものを超越し、独特の横溝ワールドの創出に成功している作品と思う。
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