花神(下)          司馬 遼太郎


新潮文庫

大政奉還、江戸城無血開城が行われ、明治の世となった。しかし江戸では水戸藩の浪士を中心に、「慶喜がかわいそう。」という発想を元に、彰義隊が形成され、上野寛永寺に立てこもった。途中から全軍指揮官になった形の大村益二郎は、大手に薩摩軍、からめ手に長州軍を配して雨の中を戦うが一進一退、しかしアームストロング砲の威力により勝利を売ることができた。以後奥州列藩および大鳥圭介、榎本武揚を中心とする反革命軍との戦いが続いたが、大村は常に江戸にいて指図するのみであった。
一段落したあと、大村は「今後奥州がたつことはない。あるとすれば本質的には保守的な薩摩だ。」と読み、大阪に新政府の軍事施設を作りはじめる。
しかしこのように職務に忠実、技術者に徹しようとする大村は官軍の中で反感を買わざるをえなかった。その中の一人、西郷の下で海江田信義は大村の大阪視察を機に暗殺を謀る。

男の寂しさとロマンを感じさせる一生である。合理主義に徹し、自説をまげず、酒と豆腐さえあればよい、として通しきったこの男の生涯は幸せであったのだろうか。わからない。いづれにしても現代ではすたれゆく生き方ではある。
・ひとびとの需要のためにのみ村田蔵六という男は存在している。(12p)
・まず、長州藩が政治優先の藩であることを知らねばなるまい。軍事は政治の下にあり、政治の意志の元で動く。(21p)
・この時代、蔵六をも含めて「清朝は悲惨である。日本はこの害からまぬがれねばならない。(33p)
・(阿片戦争)武力以外にアジアを屈服させることはできない。(36p)
・(藩の)自治権の強さは、たとえば江戸における公使館ともいうべき大名屋敷に幕府関係の犯人が逃げ込んだ場合、幕吏は踏み来んで捜査する権限を持っていない。(39p)
・幕末の先覚的人物にとってナポレオンは「自由」ということの象徴的人物であり・・・(66p)
・百姓の次男が家を飛び出して武士に準ずる待遇を受けるなどは決して好ましいものとは思っておらず「あいつは極道なことをする」という程度の認識・・・(78p)
・「日本の国王は将軍でなく天朝である」というこの革命思想が、結局は階級社会が崩壊して四民平等の社会へ転換する強烈な論理を含んでいるのだが・・・(123p)
・日本の地主は農民や商人である(142p)
・正義というのは、人間が人間社会を維持しようとして生み出したもっとも偉大な虚構といえるかもしれない。(167p)
・(侵略の思想)国際的な悪評を買った不意打ち方式も、メッケルが教えたものであり・・・(173p)
・フランスに北海道の一つぐらいを貸して・・・・しかし肝心のフランスがナポレオン3性の人気下落のために、極東まで手が伸ばせなくなり・・・(209)
・勝海舟の陰謀(214p)
・(徳川の領地は)全国に散じしている。特に穀倉地帯というべき領地は西日本に多く、西から敵が出ればたちまち押さえられ・・・(234p)
・寛永寺の金貸し(264p)
・作戦決定権は自分一人に帰し、何人にも容喙させなかった。(361p)
・むしろ国土を焦土にすることによって一個の国民が出来上がってゆくのである。(西郷,368p)
・中国では花咲爺のことを花神という。蔵六は花神の仕事を背負った。(378p)
・幕末の長州人は思想で動いたが、薩摩人は国振りで動いた。(381p)
・土俗的ナショナリズム(399p)
・蔵六は、敗血症を併発した。・・・敗血症は細菌がこれをおこす。・・・細菌学が出現して病理学を一変するのは十数年後コッホの出現を待たねばならないが・・・(416p)
・革命・・・思想家、戦略家、技術者(424p)