講談社文庫
双子の姉妹と<僕>の日々、3フリップのスペースシップ型のピンボールをたずねる旅、ジェイズ・バーでの語らい、<鼠>という友人の女の子のぬくもるに沈む日々などを並行的に描いている。作者の青春彷徨編という趣。1980年初出で、このとき作者は32歳、「風の歌を聴け」でデビューしてわずか2年後。若い優れた感受性を感じさせる。
1970年、僕は双子の女の子と奇妙な生活をしていた。一方でゲームセンターのにあった3フリップのスペースシップというピンボールに凝っていた。行きつけのジェイズ・バーを経営している鼠は仲間だった。鼠は良い得点を出したが、集金人兼修理人の腕はそんなものじゃなかった。僕は刺激され165000という前代未聞の高得点をだした。しかしゲームセンターはいつの間にかオールナイトのドーナッツショップに変わった。
僕は失われたスペースシップを求めて旅に出た。大学のスペイン語講師をしているというマニアにであい、その薀蓄と魅力を教えられる。この場面の薀蓄がなかなか見事である。彼の努力で養鶏場に押し込められている最後の1台を発見した。そして僕はスペースシップと最後の語らいをする。
・「ソビエト陸軍夫人部隊の官給ブラジャーの如きピンボール・マシーン」(124p)
・ 「ねえジェイ,人間はみんな腐っていく、そうだろ?」
・・・・「腐り方にはいろんなやり方がある。」・・・「でも一人一人の人間にとって、その選択肢の数はとても限られているように思える。せいぜいが・・・二つか三つだ。」
・・・・「それでも人は変わり続ける。変わることにどんな意味があるのか俺にはずっと分からなかった。」・・・・・「そしてこう思った。どんな進歩もどんな変化も結局崩壊の過程に過ぎないじゃないかってね。違うかい?」・・・・(136-137p)