悪霊      ドストエフスキー


新潮文庫 BECbI 江川 卓 訳

訳者の解説によると、この作品は、最初ニヒリスト批判を目的として書かれたという。しかし1871年7月、バクーニンの影響を受けたネチャーエフ事件の公判が始まると、それを取り込みたいと作品の方向を修正したという。
第一部
ステパン・ヴェルホーヴェンスキーは、1840年代後半になって帰国し、大学の講壇にさっそうと登場した。しかし大した作品を書いたわけでもないし、また業績を上げたわけでもなかった。50年代以降になると、次第に西欧の自由主義がロシアにも影響を与え始めた。そんな中、中途半端な改革主義者、ステパンは二度の結婚生活に敗れた後、富裕な未亡人ワルワーラ夫人の援助を受けるようになる。
しかし夫人にはもう一人愛する人がいた。息子のニコライで、軍隊に入ったが、奇矯な行動で周囲を悩まし、除隊させられた。しかも身分の低いレピャートキンの半分おかしい娘アンナに手を出し、強請られる始末。
夫人はニコライの嫁にリーザ、用済みになったステパンにはダーシャをあてがおうとするが、ステパンの息子のピョートルが現れる。彼はニコライとアンナの恋を暴露して夫人を慌てさせ、勢い余ってステパンの浮気までしゃべってしまう。
第二部
帰国したニコライは、ヨーロッパでの事件が元で、ガガーノフから決闘を申し入れられる。しかしニコライは銃を撃たず、それがかえって評判になり男を上げる。この頃ワルワーラ夫人と親しいレンプケ市長の妻ユリアは、夫を尻の下に敷き、市政を牛耳り放題、仲間の貴婦人連中と遊び歩いていた。やがて園遊会を企画し、そのおり、ステパンに講演をして欲しいと依頼する。
そのころ西欧の思想(悪霊)に影響され、ロシア社会に混乱を起そうと考えているグループがあった。彼らは自由、平等、博愛を求めた檄文を作成し、配るなどしている。ユリア夫人に取り入ったピョートルは、彼らを10日のうちに捕まえてみせると約束する。実はピョートル自身がそのグループの中心で、彼は証拠を押さえて仲間を売ろうとしていたのだ。
その檄文に躍らされて、シュピグリーン工場の70人あまりが、給料未払い問題を直訴に押し掛けるが、レンプケ市長は冷たくあしらい不穏な空気が漂う。
第三部
このような状況の中で園遊会が開かれるが、運営の不手際で大失敗、ステパンの演説も大失敗に終わった。夜のパーテイに至っては参加者が少なく、しかも怪しげな連中ばかり。ところがこの園遊会中に対岸で火事。焼け跡からレピャートキン、アンナ等の死体が発見される。当局は工場関係者を容疑者として揚げる。二人が亡くなって得をしそうなのはニコライ、しかしアリバイは不十分である。
自分のグループ参加発覚を恐れたピョートルは脱獄囚フェージカを殺し、さらに同志たちと仲間のイワーノフを、当局のスパイと決め付けて、処刑してしまう。そして自分は国外逃亡。
一方演説を失敗に終えたステパン氏は、ワルワーラ夫人からも愛想をつかされ、一人寂しく死の旅に向かう。夢やぶれたニコライもまた死を選ぶ。

・ 一つの人生が過ぎ去ると、次のが始まり、やがてその人生も過ぎ去って、また別の人生が始まる。(上170P)
・ 人間が不幸なのは、自分が幸福であることを知らないから、それだけの事です。(上371P)
・ 今フランスが苦しんでいるのは、一重にカトリックの責任である。なぜなら悪臭紛々たるローマの神を退けながら、新しい神を見つけ出せなかったからだ。(上391P)
・ 社会主義は無神論的な制度であって、科学と理性のみに基づいて存立するものである。(上393P)
・ 労働によって神を手に入れるのです(上402P)
・ 常識に反してまで自分の立場を貫くためには、真に偉大な人間である必要がある。(415P)
・ 社会の基礎の系統的な震撼、社会と全根幹の系統的な解体です。すべての人々の自信を喪失させ、全体を混沌状態に落とし込み、…・(下516P)
・ 完全な無神論者は、完全な信仰に至る最後の階段に立っておりますからな。(下542P)

(以下平凡社世界百科辞典より)
・ 無政府主義 一般的に言って、国家を否認して、それを完全な自由社会によって置き換えようとする近代の政治・社会思想の潮流の一つである。この思想は社会主義に刺激されて発展したがいくつかに分けられる。(1)個人主義的無政府主義(2)無産主義的無政府主義(プルードン、バクーニン、ギョーム)(3)共産主義的無政府主義(クロポトキン、ルクリュ) 第一インターナショナルのおいてバクーニンは無政府主義者として、社会主義における<国家的神話>の再生に反対し、未来社会における国家(権力)のいかなる役割をも否認した。
・ バクーニン(1814-76) ロシアの無政府主義革命家
・ ネチャーエフ(1847-82) ロシアの陰謀的革命家。69年スイスでバクーニンと知り合い、同年秋ロシアに帰国して陰謀団体(ナロードナヤ・ラスプラーヴァ(人民裁判))設立。粗暴な共産主義的運動に従事したが、その間殺人容疑で官憲の追求を受け、スイスに亡命した。

(悪霊ノート)
第一部
1  序に代えて…ステパン・ヴェルホーヴェンスキー氏外伝
外国から帰ったステパン氏は40年代の末に大学の講壇にさっそうと登場したが、理論だけの大した人物ではない。大し業績もないうちに二度妻と別れた後、息子の教育係として富裕なワルワーラ夫人に雇われ良い関係になった。夫人は氏を世に出そうとペテルブルグまで引っぱり出すが失敗続き、故郷に戻ってきた。その後の彼はふぬけだったが、やがて彼を中心に妖しげな人物がサロンを形成し始める。最古参で県の役人リプーチン、大学を放校になったシャートトフ、役人のヴィルギンスキーなどである。やがて1861年の農奴解放令、彼らはプチブル的に百姓や政府を非難する。
2 ハリー王子。縁談
ワルワーラ夫人はステパンの教育する息子のニコライ・スタヴローギンを愛していた。なかなかのいたずら者で、軍隊に入ったがおかしな行為で失職し、身を落とした後故郷に戻ってきた。しかしここでも人の鼻づらを引き回すなど奇矯な行動、最後は人殺しまでやって逮捕されてしまった。彼は精神鑑定を受けた後3年も欧州を旅することになった。
ワルワーラ夫人は、新知事にレンプケ氏が就任して権力が失墜しかけるがそこを挽回、しかし次第にでしゃばりばあさんに変わって行く。ステパン氏に嫁をあてがおうといろいろ奔走。ドロズドワ夫人の娘リーザを考えるなどする。このごろではステパン氏はすっかりたががゆるんだ感じだ。リーザを断られて夫人は姪のダーシャ20歳を53歳のステパン氏に多額の持参金付きでくっつけようとする。そのころステパン氏は何年もあっていない息子のピョートルから財産問題を持ち出され、困っていたから引き受けた。
3他人の不始末
ステパン氏は、ダーシャとの結婚話がどうなるか分からず外にも出られない。カルマージノフがステパンを訪問するという話が合ったが立ち消えになった。リプーチンはワルワーラ夫人に呼ばれてニコライが精神異常と思われるかと聞かれる。ニコライはレピャートキンの妹に手を出したとかで氏に金を強請られている。ステパン氏はその面倒を見る気はない。ステパン氏がリーザと再会する。ステパン氏はニコラスとダーシャに手紙を書いている。
4びっこの女
リーザの家。リーザ、母親、マヴリーキー、シャートフ、私(G)レピャートキンからリーザに当てた脅迫状の紹介。リーザが新聞整理ビジネスを熱心に説き始める。リーザの熱心な希望でレピャートキンの妹マリアに会いに行く。半分狂ったようなトランプ占いを続けるマリア。
5賢しき蛇
ワルワーラ夫人の屋敷。ステパン氏、マリア、シャートフ、やがてプラスコーヴィヤ夫人とリーザ、マヴリーキーが登場。レピャートキンが登場して対決となるが、ピョートルが真実を暴露して追いつめる。ニコライとマリアの恋が明らかになり、ワルワーラ夫人はマリアを養女にすると宣言。勢い余ってピョートルはダーリャとステパンの結婚話までしゃべってしまう。ワルワーラ夫人怒り、ステパン氏をたたき出す。
第2部
1夜
ニコライとピョートルの対決。ニコライ、ガガーノフから挑戦を受けたことをキリーロフに白状。ニコライが4年前欧州で家を侮辱したことに対する復讐で、ガガーノフは謝罪をうけいれず決闘を考えている様子。ニコライ決闘を決意。ニコライとシャートフの対決。お互いにある会に入っていて命を狙われていることを確認し、ニコライはシャートフをスパイと非難する。さらにニコライはマリアとの結婚を公開するといって驚かせる。シャートフの国民と宗教の関係論争。彼はニコライを無神論者と非難。
2夜(続)
ニコライに脱走犯フェージカが付きまとう。レビャートキンの家に赴き、マリアを嫁にする、お前は関係ない、と宣言する。しかし連れ出そうとしたマリアは狂気。あきらめて外に出るとあのフェージカ。虚無感に襲われ、金をばらまく。
3決闘
ガガーノフの弾はあたらず、殺すことはきらいとニコライはそっぽを撃ち、決闘は終わった。静養しているニコライをダーシャが見舞う。
4一同の期待
巷ではニコライ圧倒的指示の勢いになる。ワルワーラ夫人は得意になる。夫人はユリア夫人を訪問するがステパン氏をこきおろされる。妥協した夫人が園遊会でのステパン氏の講演を頼む。ピョートル、ステパン氏を追いつめて、講演に注文をつける。レンプケ氏は紙の模型などに興じ、夫人の意のままだった。ピョートル、民主化檄文を披露する。
5祭りの前
ユリア夫人を中心とした愚行グループの活動が盛んになる。夜遊び、賭けなどである。頼られたセミョーン聖者が馬鹿にする。ワルワーラ夫人、ステパン氏の講演に注文をつけるが拒否される。怒って出て行けと告げる。
6 奔走するピョートル
ピョートル、レンプケに自由、平等、博愛を求めた檄文の犯人グループを1週間で捕らえると主張する。ブリュームと面談。さらにカルマジーノフを訪問し、講演の内容を聞き出そうとする。キリーロフ等を訪問し、彼らがあの犯人グループに入っている事を突き止めようとする。シャートフには印刷の責任をかぶせようとする。
7 同志たちのもとで
ヴィルギンスキーの家に同志たちが集まるが意見がまとまらない。ニコライ、ピョートルそれに5人組みといわれるヴィルギンスキー、リプーチン、シガリョフ、リャムシン、トルカチェンコ…・彼らは世界的なある組織に結びついていると信じている。シャートフやキリーロフも参加している。お互い相手を疑い、虚勢をはり、これは会議か、そうじゃないなどの議論からはじまり、全然まとまらない。
8イワン皇子
ニコライとピョートルの争い、皆平等のシガリョフ主義などが議論のまとになる。ピョートルはニコライをイワン皇子にたとえてあざける。
9ステパン氏差し押さえ。
ステパン氏宅が警官によって差し押さえられた。ステパン氏は市長のレンプケの元に助けてもらいに行くことにする。
10 海賊たち、運命の朝。
檄文に躍らされたかどうかはともかく、シュピグリーン工場の70人あまりは給料未払い問題を直訴に行く。ところが夫人にいいようにいじめられていたレンプケ氏は黙って聞いてやればいいものを警官を出動させて取り囲み、鞭うちだと叫び拒否してしまった。ちょうどその時ステパン氏が差し押さえ抗議に来るが、途中でユリア夫人がしゃしゃり出てきて弁護、講演をお願いするのだからと引き取ってしまう。
第3部
1祭り…第一部
祭りの当日、めったやたらに人が増え、しかも料理はでない。そしてピョートルがこない。レピャートキンが演壇にあがる、オーケストラが妙な音楽を演奏する、リプーチンが体制を皮肉ったとんでもない詩を読み上げる、カルマジーノフは下手な朗読をする、ステパン氏の講演も妙な質問で目茶苦茶になる。
2祭りの結末
私がステパン氏を尋ねるがすっかりくさって出てこない。ピョートルとユリア夫人の議論も激しい。大団円のダンスも昼間の醜態で欠席ばかり。集まった連中もろくな奴等じゃない。そのうちに対岸で火事。シュピグリーン工場の工員の放火ではないか、心配される。駆けつけたレンプケ氏が負傷、意識を失い政治生命を終える。離れた焼け跡からレピャートキンとマリアと女中の惨殺死体が見つかった。しかもこの家を世話したのニコライという話だった。
3破れたるロマンス
ニコライはリーザの元に行き、愛を打ち明けるがリーザが拒否、そのうちにピョートルがやってきて、レピャートキン一家の殺害事件がはっきりし、リーザはニコライがやったのではないかと危惧する。そのころ殺害犯人として工場の関係者などが引っ張られていた。ピョートルとリーザは火災現場を見にゆくが、群集はニコライが犯人と信じており、リーザが来ると「犯人のイロが現場を見に来た。」と騒ぎたて、リーザを殴り付け昏倒させる。
4最後の決定
ピョートルは、よそ者エルケリ家にあつまった同志にニコライは犯人ではない、君らの行動は分かっている、シャートフが密告するなどと脅す。ピョートルはさらにリプーチンと対立、ニコライが逃げたことを伝え、上からの命令などと脅すがそんなものはないなどと開き直られる。キリーロフの家に行くと台所にフェージカがいた。何で逃げない、などと詰問するがフェージカは恐れずまたも喧嘩に。しかし翌日高飛びしようとしたフェージカの死体が見つかった。
5 旅の女
シャートフの元に分かれた妻が戻ってきたが、調子が悪そうだ。それがやがて産気付いているという話になり、おお慌て、シャートフは同志のエルケリ、ヴィルギンスキー、リャムシン等に連絡、結局ヴィルギンスキーの妻アリーナが助け、男の子が産まれた。シャートフは養子にするんだ、養育院にやらぬとおお張り切り。
6 労多き一夜
ヴィルギンスキーは同志たちを尋ねて回り、子供が産まれた以上シャートフは密告しないと説いて回るが多くは不在であったり、無関心であったりする。ピョートルが中心になって同志が集まり、シャートフを射殺する。リャムシンはおびえ、ヴィルギンスキーは「これは違う」と叫ぶ。全員で死体を沼に入れた後、ピョートルは会の解散を命令し、エルケリと共に去る。
ピョートルは前から自殺志願だったキリーロフを尋ね、遺書を書かせようとする。最後にキリーロフが書き、一悶着あった後、自殺する。エルケリをペテルブルグに数日行くとだまして列車に乗り、国外に逃亡。
7 ステパン氏最後の放浪
絶望感に打ちひしがれ、ステパン氏はあてもない放浪の旅に出る。スパーソノフに行く途中知り合ったソフィア嬢と親しくなり、船着き場近くの百姓家に上がり込む。加減が悪くなり、船にものれない。看病するソフィアに妙なざんげ話を繰り返す。何日かたってワルワーラ夫人がダーリャと駆けつけ、まもなく亡くなってしまう。スクヴォレーシニキに戻る
8 結末
シャートフ夫人のマリイの夫がいない、という話からキリーロフの死体が発見され、さらにリャムシンが自首して出てきた。<社会の基礎の震撼>を目的としたピョートルを中心とするグループと火事、レピャートキン一家殺し、フェージカ殺し、シャートフ殺し等の犯罪が明らかにされた。ニコライは関係ないとの事だった。
ニコライから「スイスに潜んでいる」旨の手紙が届き、ワルワーラ夫人とダーリャが駆けつけようとすると、ニコライが当地にやってきているとの情報、駆けつけると彼は屋上の部屋で自殺していた。
9 スタヴローギンの告白…・チホンのもとにて
ニコライはチホンに「若い頃、下宿をしていたところのおとなしい娘マトリョーシカに罪を着せ快感を味わった。その後彼女と関係してしまった。彼女は自分におびえるようになりやがて自殺してしまった。その面影が忘れられない。」と告白し、それを公表すると主張する。
チホンは「あなたは苦行と自己犠牲の願望に取り付かれておられる。この熱望にも打ち勝ち、あなたの文書や意見を胸にしまっておかれるがいい、そのときにこそあなたはすべてに打ち勝つことが出来る。」と主張する。同時にニコライがあらたな犯罪に走ることを恐れる。
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