扶桑社
議論を呼んでいる歴史教科書であるが非常に良く書けている。まず自分たちの過去を誇る日本人を作ろうという考えが非常に明確である。さらに歴史をを学ぶ目的をはっきりさせ、過去の教科書のように事例を並べるだけでなく、考えさせることに重点を置いている。
この歴史教科書がなぜ非難されるのか分からない。おそらく自分というものを持たないマスコミが中国や韓国に「これ、どう思います?」と聞きまくって、それをあたかも自分の意見のごとく吹聴しているからなのではないか。日本の教科書を決めるのも、日本の歴史に対する考え方を決めるのも日本人自身であることを忘れてはならない。
基本的には西尾幹二の「国民の歴史」と同じ考えだが、以下に通常の教科書ともしかしたら少しは変わっているかもしれない、と思うところを私の知識の整理のためにも書き出しておく。
・ 歴史を学ぶのは、過去の事実について、過去の人がどう考えていたかを学ぶことなのである。(6p)
・ 歴史の導入学習(10p)
・ 魏志倭人伝を書いた歴史家は、日本列島に来ていない。それより約40年前に日本を訪れた使者が聞いたことを、歴史家が記していると想像されているにすぎない。(33p)
・ 神武天皇の東征伝説、日本武尊と弟橘姫物語、イザナギ、イザナミ伝説など神話を載せている。(36,42、60p)
・ 日本と言う国号の確立(53p)
・ 日本語の成立(58p)
・ 琉球王朝史(107p)
・ トルデシリャス条約(113p)
・ キリスト教布教の本質(120p)
・ のちに鎖国とよばれる制度はこうして完成した。しかし、幕府には国を閉ざす意思はなかった。(129p)
・ 郷土史(140,147p)
・ 浮世絵と印象派の関係(162p)
・ 東アジアはその後、約250年間、のどかで平和な時代が続いた。この間、西欧諸国は、ひたすら軍事力の強化に努めた。(171p)
・ これら欧米列強は、1800年に地球の陸地の35%を支配するにいたり、1914年の第一次世界大戦が始まった頃には、84%にまで支配地を拡大した。日本の明治維新は、その二つの年代の中間に当たる時期におきたのである。(171p)
・ 中国人は異民族に支配されることに慣れ、支配されても自分は変わらないと言う自信を持っていた。欧米列強の進出と言う、今度ばかりは問題の質が少し違う重大事であっても、彼らは同じ思想を崩そうとはしなかった。(174p)
・ 近代日本史の三つの前提(184p)
・ 日本の国旗と国家(186p)
・ 階層差を無くして一本化した教育制度が早くも確立された。これは。明治の指導者たちの、時代の先を見抜く目の確かさを物語っている(195p)
・ (明治維新で日本は)主として新しい体制に切り替えるという方式を選んだ。それでいて、古い指導者層にも配慮を払うと言う絶妙なバランスを発揮した(208p)
・ ノルマントン号事件(211p)
・ (日清戦争で日本が勝ったのは)日本人が自国のために献身する「国民」になっていたことがあげられる(218p)
・ 日本がロシアと組むか、イギリスと組むかに関する小村意見書(221p)
・ 韓国の国内には、一部に併合を受け入れる声も合ったが、民族の独立を失うことへの激しい抵抗が起り、その後も、独立回復の運動が根強く行われた(240p)
・ 白船事件(258p)
・ ワイマール共和国の良さついての記述がない(261p)
・ 第一次南京事件=蒋介石による国内統一戦の途上、1927年3月、南京を占領した国民東軍の兵士が、英・米・日各国の領事館とキリスト教会を襲い、居留民に暴行・略奪を働き死者を出した。英・米両国は武力で反撃したが日本は幣原外相の方針で英国の出兵要請を拒否し、堅く無抵抗を守った。(265p)
・ 日本軍の南方進出は、アジア諸国の独立を早める一つのきっかけともなった。(282p)
・ ナチスによるユダヤ人虐殺の非人間性(288p)
・ 極東軍事裁判の非合法性(294p)
・ こうした宣伝は、東京裁判と並んで、日本人の自国の戦争に対する罪悪感を培い、戦後日本人の歴史の味方に影響を与えた。(294p)
・ 国民党は台湾人を弾圧し、3万人を殺害した(297p)
・ なぜ外国の歴史に理想を求めて自国の歴史に自信を失わないで来た日本が、最近そうではなく、時々不安な様子を見せるようになったのだろうか。(318p)
・ 何よりも大切なことは自分を持つことである(319p)
010608