「墨子」     墨子

(講談社学術文庫)

墨子が活躍したのは、前400年頃の中国、孔子よりはやや後、孟子よりは前という時代。彼が創設した墨家集団は、戦国時代末に至る約200年間、巨大な勢力を維持して、中国の思想界を儒家と二分する存在であった。その思想は、儒家と比べて比較にならぬほど整然と体系化されており、論理も極めて先鋭・明快であった。強力に組織され、独自に武装した軍事集団としての性格さえ備えていた。しかし秦による中国の再統一から滅亡、漢帝国の建国といった激動の中で、突如その姿を消してしまう。

ところがアヘン戦争に惨敗した清末以降、忘却の淵から拾い上げられ、にわかに脚光を浴びるようになった。中華意識を高揚させるために、尚同論はルソーの社会契約論と同じ主張であり、論理はアリストテレスの論理学に近い、などとする。特にそれは日本の成功の元に「武士道」があったとする考えに呼応しているようであった。
しかし「墨子」の本質は、尚賢論の出だしにあるように、「国家を統治している人たちは、全員が国家が富裕になり、人口が増加し、治安が保たれるように願っている。しかし現実は逆である。その原因は何か、どうしたらいいか。」という問いかけと答えである。

この書は、「墨子」のエッセンスを拾い上げ、全体構成を理解できるように再構成したものである。著者浅野祐一は、大学院時代から墨子など中国古典の研究にかかわってきた第一人者、本文もさることながらそのコメント、巻末の解説、特に「思想史上の意義」は分かりやすく一読に値する、と感じた。
墨子の思想の基本は、十の主張からなり、これを十論と呼んでいる。
能力主義を唱える尚賢、各段階の統治者に従えとする尚同、自己と他者を等しく愛せと説く兼愛、侵略戦争を否定する非攻、節約を訴える節用・節葬、天帝や鬼神に従えとする天志・明鬼、音楽への耽溺をいさめる非楽、宿命を否定する非命である。

尚賢論では、人材こそ国家繁栄の術、と説くが、その目的は第一に大量の良民を作り出し、民衆の日常生活全般にわたる広範な社会秩序の確立、第二に能力によって選抜された各種官僚群がもたらす国内統治の安定を期待している。優れた人材たる賢者とは、文化全般に通じた者とか、徳性の高い者といった考えは薄く、国家を運営するためという方向に限定されている。「賢者はみずから直接労働に従事せよ。」とまで言い切る。

さらに尚同篇にいたって一元的な天子専制理論にまで結びつけてゆく。まだ世界が混沌としていたころ、人民それぞれに正しい道と信じる義があった。しかしおかげで混乱し、世は乱れてしまった。そこで天は世界中から賢者を選び出し、これぞとみこんだ人物を天子に立てた。また天子の補佐役として三公をたてた。それでも天下は広大であって、習俗や地域ごとの価値観、利害の食い違いなどから情報が入り乱れ、混乱を生じるので、君主は国中から賢者を選抜し、意にかなった者たちを、郷長や里長に任命したのである。

結果、君主が是とすることは全員が是とせよ、非とすることは全員が非とせよ、として密告を奨励し、賞罰を徹底させるべきだ、とする。もとより君主は国一番の仁者である。その君主は、国内の人民に政令を発布して人民を教導し、善と悪とを聞き知ったならば天子に告げよ、天子はその是非を判断するであろう、とも言う。
しかし天下の人民が、すべて天子の価値観に同調しても、天の価値基準に同化しなければ、降される災害は消えず、それは人民を罰しようとされている証拠である、とする。

これらの考えを出発点に、墨子は他人を犠牲に利益を得るな、自他を等しく愛せ、侵略は国家の犯罪、資源の節約は富の倍増、派手な葬儀は生産の妨げ、音楽に浮かれるのは亡国の兆し、勤勉だけが不幸を追い払う等々の論を展開する。しかし宿命論を否定しながら、最後は天、鬼神を持ち出すところに理論的は問題点があるようだ。
また儒家を非儒扁、公孟篇等で激しく非難。儒家は、上天が明察力を持たない、鬼神は神秘的威力を持たないとしてこれらの機嫌をそこね、埋葬や音楽を奨励し無駄を招来し、宿命論で労働を怠る風潮を招き、中国をダメにしようとしている、と説く。

080425