新潮文庫
法師丸のちの武州公(武蔵守桐生輝勝)は、幼いとき、人質となって隣国筑摩一閑斎の牡鹿城に預けられた。牡鹿山城が管領畠山氏の家人薬師寺弾正政高に囲まれたとき、彼は初陣はかなわなかったが、ある老婆に手引きで女どもが討ち取った敵の首に化粧する現場を見た。その時、不思議なことに鼻のないいわゆる女首を眺める腰元に魅せられた。女首ほしさに夜蔭に紛れて、城を出て、敵の大将の討ち、同時に鼻をそいだが、どうやら弾上政高だったらしい。薬師寺氏は囲みをといて退散、政高病死の噂が流れた。
やがて一閑斎が世を去り、息子の織部正則重が城主となった。彼の妻は弾上政高の娘で桔梗の方と言った。則重は、二度にわたって弓などで鼻をねらわれたが、二度目にねらった犯人を武州公が捕らえた。その男が「ちちのむねんを晴らしそうろうには織部殿の鼻を討つべし…・」との書状をもっていたことから、武州公の鼻はなんと奥方の桔梗の方が命じてねらわせた、と知った。
その後も則重はねらわれ続け、まず耳を、次いで口をねらわれ、ついに耳なしの三口になってしまった。一方、密かに桔梗の方にあこがれていた武州公は、ある時、彼女のかわやに忍び込み、協力して則重の鼻をそぐことを誓う。そして成功。もはや則重は自分の顔を恥じ、人前に出ることをはばかるようになり、国の治安は乱れた。
成人して国に戻り、父の後を次いだ武州公は昔を思い出し、ある時などおそばに仕える道阿彌に切られた首の真似をさせるなどした。そして領土拡張の野望と桔梗の方にたいする奇妙な心とから、一向宗門徒と組み、ついに牡鹿山城を攻めた。
非常に変化の激しい作品で一気に読ませる。サデイズム的性愛を感じさせる作品で、華麗さと残忍さを兼ね備えている。丁寧な書きぶりとあいまって実に面白い。本質的には人間の美や性愛に対する弱さを描き考えさせる、と言うことなのだろうが、興味と恐怖が入り交じり、なんとも妙な感じを読者に与える。
・ 橘の 香をなつかしみ ほととぎす 花散る里を たずね来よかし
=源氏物語「花散る里」にほとんど同じ句がある。花散る=鼻ちる(127p)
011227