堕落論   坂口 安吾


角川文庫

太平洋戦争が終わった直後に、戦前戦中の倫理観を明確に否定して当時の若者に圧倒的支持を得たエッセイ集である。「人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことは出来ないし、防ぐことによって人を救うことはできない。」とする。墜ちるところに墜ちて、真実の自分を発見し救われるという考えである。
この考えはその他のエッセイにも沸々と流れており。たとえばデカダン文学論では人間を描かぬ文学はインチキと断じ、教祖の文学では「文学とは、生きる人間ののっぴきならぬギリギリの相を見つめ自分の仮面を一枚づつはぎ取って行く苦痛に身をひそめてそこから人間の詩を歌い出す」ものでなければダメだ、と主張する。

堕落論
・ 若者達は花と散ったが、同じ彼らが生き残って闇屋となる。…・人間が変わったのではない。人間は元来そう言う者であり、変わったのは世相の上皮だけのことだ。(91p)
・ 歴史は個をつなぎ合わせたものでなく、個を没入せしめた巨大な生物となって誕生し、歴史の姿において政治も又巨大な独創を行っているのである。この戦争をやったものは誰であるか。東条であり、軍部であるか。そうでもあるが、しかし又、日本を貫く巨大な生物、歴史の抜き差しならぬ意志であったに相違ない。日本人は歴史の前ではただ運命に従順な子供であったに過ぎない。(93p)
・ 日本は負け、そして武士道は滅びたが、堕落という真実の母胎によって始めて人間が誕生したのだ。生きよ堕ちよ、その正当な手順の他に、真に人間を救いうる近道があるだろうか。(100p)
続・堕落論
・ 一口に農村文化と言うけれども、そもそも農村に文化があるか(104p)
・ 乏しきに耐える精神なんて美徳である者か。必要は発明の母という。乏しきに絶えず、不便に耐え得ず、必要を求めるところに発明が起こり、文化が起こり、進歩というものが行われてくるのである。(105p)
・ 自分自らを神と称し絶対の尊厳を人民に要求する事は不可能だ。自分が天皇にぬかずくことによって天皇を神たらしめ、それを人民に押しつけることは可能なのである。そこで彼らは天皇の擁立を自分勝手にやりながら、天皇の前にぬかずき、自分がぬかずくことによって天皇の尊厳を人民に強要し、その尊厳を利用し号令してきた。(107p)
・ 尾崎萼堂=世界連邦論(111p)
・ 世界連邦によって人間が幸福になりうるか?=人間の幸福はそう言うところには存在しない。…・日本人が世界人になることは不可能ではなく、実は案外簡単になりうるものであるのだが、人間と人間、個の対立という者は永遠に失われるべきものではなく、しかして、人間の真実の生活とは、常にただこの個の対立の生活の中に存しておる。…・しかしてこの個の生活より、その魂の声を吐くものを文学という。(113p)
デカダン文学論
・ 困苦欠乏に耐え日本の兵隊が困苦欠乏に耐え得ぬアメリカの兵隊に負けたのは当然で、欠乏の美徳という日本精神自体が敗北したのである。(123p)
・ 日本の家庭はその本質において人間が欠けており、生殖生活の巣を営む本能が基礎になっているだけだ。そして日本の生活感情の主要な多くは、この家庭生活の陰鬱さを正義化するために無数のタブーを作っており、それがまた思惟や思想の根元となって、サビだの幽玄だの人間よりも風景を愛し、草や草木を愛させる。(126p)
・ 私はただ人間を愛す。私を愛す。私の愛するものを愛す。徹頭徹尾、愛す。そして、私自身を発見しなければならないように、私の愛するものを発見しなければならないので、私は堕ち続け、そして私は書き続けるだろう。(129p)
恋愛論
・ 教訓には二つあって、先人のために失敗したから後人はそれをしてはならぬ、と言う意味の者と、先人はそのために失敗し後人も失敗するに決まっているが、さればと言って、だからするなとは言えない性質のものと、二つである。恋愛は後者に属する者で、所詮幻であり、永遠の恋などは嘘の骨頂とわかっていても、それをするな、とはいえない性質のものである。それをしなければ人生自体がなくなるようなものなのだから。つまりは、人間は死ぬ、どうせしぬものなら早く死んでしまえという事が成り立たないのと同じだ。(164−165p)
・ 所詮人生はバカげたものなのだから、恋愛がバカげていても、恋愛の引け目になるところもない。バカは死ななきゃ治らない、とかいうが、我々の愚かな一生において、バカはもっとも尊いものであることも、又明記しなければならない。(169p)
欲望について
・私は勤倹精神だの困苦欠乏に耐える精神などというものがきらいである。働くのは遊ぶためだと考えておりより美しいもの便利なもの楽しいものを求めるのは人間の自然であり、それを拒み阻む理由はないと信じている。(178p)
教祖の文学
・ 文学とは生きることだよ。見ることではないのだ。…・作家はともかく生きる人間ののっぴきならぬギリギリの相を見つめ自分の仮面を一枚づつはぎ取って行く苦痛に身をひそめてそこから人間の詩を歌い出すのでなければダメだ。生きる人間を閉め出した文学などあるものではない。(215p)