「電波が国有財産である」という法律はどこにもないのだが、日本では電波はすべて政府によって割り当てられてきた。早い者勝ちとなり、テレビ局にはもっとも贅沢に割り当てられた。時代は変わった。しかし既得権は、なかなか取り上げる事ができない。その結果たとえば現在電波利用料金の93%が携帯電話ユーザーが払っているが、電波全体の中で占める利用率は11%にすぎない。
電波の持つ巨大な力を的確に把握した政治家が田中角栄だった。大衆商品としてのテレビを普及するにあたり、調整役として権力を奮い、新聞社とテレビ局の系列化を進め、メデイアを牛耳った。赤字の地方放送局はキー局から「ネット料」を払うなどして補助させた。こうして最強の護送船団が出来上がった。
ハイビジョンは、もともとは使用する周波数を多く取り、走査線を多くすれば、もっと画質を良くできるという発想から行われた実験である。米国の通信機メーカーがテレビ局に割り当てられ使われていないUHF帯の使用を希望したとき、テレビ側は「穴ふさぎ」としてハイビジョンをかついだ。
ところがこれが国際標準になれば問題がなかったのだが、ヨーロッパが反対し、アメリカにも日本脅威論が台頭した。ハイビジョンは見殺しにされ、アメリカはデジタル放送に突入した。日本もやむをえずこれに追随することになった。
しかし当初は簡単と考えられていたアナログ放送から地上デジタル放送への変換はそれほど容易ではなさそうだ。大体、広域放送では衛星を使ったデジタルの方がいい。現在電波法によれば2011年にアナログ放送は見られなくなり、デジタル放送でなければ見られなくなる。家庭に設置されているテレビは、全国で約1億3000万台あるとされているが、11年になってそのうち3000万台が置き換わるだけといわれている。
しかも10年後を見据えれば、パケット通信を使ったインターネット(IP)で配信される時代が来そうだ。すると地上デジタル放送は、膨大な赤字を垂れ流すことにならないか。テレビ局は携帯でテレビを見せるワンセグに期待しているというが将来性は薄い。
インターネットは21世紀の社会をも変えるだろう。従来のテレビは情報をテレビ局が持ち、受身の視聴者に送るだけだったが、インターネットでは誰もが対等の双方向の会話を行う。もう一つはインフラとそこを通る情報が分離されることだ。ネットワークは中心に責任を持たない単なるパイプだが、どんなデータでもパケットにすれば送れるため、極めて自由なコミュニケーションを可能にした。
そして無線LANと基地局をつなぐだけで可能になる無線インターネットの登場である。無線LANでは全員が広い帯域のあいているところ、つまりブロードバンドを、パケット通信で自由に使う事ができ、桁違いの通信速度が実現できる。
ただ現状テレビ局は今のところIP放送を拒否している。これを行うにはデータを一度パケットに加工しなければならぬが、「内容が加工されるかも知れぬし,違法にコピーされるかもしれぬ。」、さらに「県域放送」の原則が崩れる可能性があるというのだ。
しかし本音は、IPによってメデイアが水平分離され、伝送が通信ネットワークで行われるようになると、電波の免許で守られている彼らの独占が崩れることになる恐れだろう。
もう一つの問題は、IP放送は放送でないとするため、著作権の処理がひどく複雑になる。映画の場合1本につき約100人の権利者がいると言われる。テレビのように一括で契約できないとなると大変な面倒になるのだ。
電波社会主義の秩序にやっとヒビを入れたように見えるのはソフトバンクの「新規参入を認めるべきだ。」との提案。800メガヘルツ帯の割り当ては却下されたが、1.7ギガヘルツ帯への参入は2005年11月に認められた。
しかし著者は主張する。
「これまで通信・放送・コンピュータなどに分かれていた業界の垣根がIPによって取り払われ、すべてのデイジタル情報がIPにのる「Everything
over IP」が実現するだろう」
そして「インフラとコンテンツを垂直統合する放送局という業態も後10年くらいで消滅するであろう。」
この変化は放送業界の既得権を侵すようにも見えるが、制作能力のある放送局にとってはチャンスである。今ブロードバンドが直面している最大の問題は「その大きな帯域を使って流すコンテンツがない。」ことだ。テレビ局はインターネットを使えば、インフラに投資しなくても全世界に配信する事ができるのだ。
060513