エドの舞踏会   山田 風太郎

文藝春秋

明治政府は、維新のおり押し付けられた不平等条約撤廃を狙って、鹿鳴館を開設し、外人を呼んで、夜毎、舞踏会を開く。しかしどうも夫人たちが出席したがらない。そこで西郷従道は、山本権兵衛少佐に夫人たちを誘い出せと命じる。軍人にふさわしくない仕事だが、彼は大山巌夫人捨松などの協力をえながら、この仕事を進めようとする。その勧誘劇にからめたエピソード集である。

ひとつひとつが話としてまとまっており、どこまで真実かはわからぬが大変面白い。以下に話のポイントを記述する。

井上馨夫人 小旗本の娘武子は柳橋の芸者になったが、大隈重信方に寄宿している中井桜州の妻になった。しかしそれを井上馨が浮気はせぬとの誓約書をいれて寝とってしまった。娘が誘拐されたときに井上の浮気が発覚した。しかし陛下の臨幸があるとはしゃぐ井上をみて武子は分かれる気を失った。

伊藤博文夫人 夫人梅子はもと馬関芸者。総理大臣になっても伊藤は金に困っていた。ところが借金取りの野々沢万作が訪れると、耳をそろえて返してしまった。おかげで時の総理大臣だった博文は自宅を取られることになった。これがもとで山下町に総理官邸がおかれることになった。

山県有朋夫人  石部金吉に見えた山形有朋にも女がいた。しかしそれを知って友子夫人は奇策を考えた。鹿鳴館にその女とともに出席しようというのである。

黒田清隆夫人 薩摩藩士の娘滝子は、前の妻を切り殺したと噂のある酒乱の黒田清隆のもとに嫁した。馬丁についてきた山代源八はめっぽう強い。彼は講道館で道場破りにきた那覇弓弦等をたたきのめした。しかし黒田は源八と滝子の仲を疑った。

森有礼夫人 森家はすべて様式。夫人常は静岡県士族の娘だが吉原にいたこともある。彼女が妊娠した。夫は、生まれてくる子供は西洋スタイルを身につけたほうがいい、胎教にと、夫は裁縫師のアントワーヌ・バランをつけて世話をさせている。しかし夫人は何か寂しい様子。たずね当てると、日本スタイルがいい、子供の頃聞いた子守唄が聞きたいという。やがて生まれてきた子は青い目をしていた!

大隈重信夫人 薩摩藩でありながら要領の悪い大隈は、下野し早稲田に学校を開くが食うや、食わずの生活。右翼の青年、来島と頭山をかばうところが面白い。

陸奥宗光夫人 陸奥宗光は西南戦争で土佐に一旗あげさせようと動いた角で投獄された。仇敵三島通庸が山形県令を勤める山形監獄所。生きて出られまい、と考えられたが、監獄で子を作って生き延びる。夫妻は、そのときの子を探し当て、三島警視総監の出席する鹿鳴館に乗り込む。

ル・ジャンドル夫人  越前松平春嶽候ご落胤で山谷堀の芸者に出ていた。お国のために異人の妻となるが生まれて子供を夫が気に入らず養子に出し別れる。井上外相園遊会に息子坂東竹松が「連獅子」で市川団十郎に乗り登場。再会を果たした夫人糸子が思わず叫ぶ!「橘屋あ!」坂東竹松は後の市村羽左衛門である。

(021115)