学校のモンスター    諏訪哲二

教育学において語られる「家庭・地域・学校」の三層構造が子供たちの成育に機能していたのは「農業社会的」近代までである。著者の仮説では1960年以降「産業社会的段階」に入り、1970年以降は大量消費と情報化の「消費社会」的段階に入る。
消費社会が家庭に入り込み、家族より個人が消費ターゲットに置かれるようになった。その結果子供はお金を持つことによって、自由な主体としての自己を確認できるようになった。「平和で民主的な国家および社会の形成者としての資質を備えた心身ともに健康な国民の育成」を目的とする学校と対立するのは当然のことである。「この私」の自由と学校が対立し、そんな中で学校バッシングまでおきた。金八先生は問題やトラブルを抱える子を一人一人処理してゆく。しかし金八先生は一方で教師である金八サンに過ぎず、自分の思ったとおりの子供にしようとする権利はないし、教師のほうに正義や誠実が確保されているとする考えも間違っている。結局金八先生は子供たちの問題が個人的な熱意や善意で解決できるという幻想を与えたにすぎない。

「大人になる」と言うことはただ成人することではなく、市民社会の担い手となる自立した個人になることである。これは西洋的考えで、そういったものは自然になるものではなく作られるものと認識しなければならない。
「近代的個人である私になるというのは、私たちが個人としての様々な可能性を失って、社会の一般的な秩序の中に自分をうまく挿入してゆくことに他ならない。」
「自分の頭で考え、自分の言葉で意見表明」するだけでは不十分である。これでは「知」の真理の世界に踏み出す前にストップする可能性がある。別な言い方をすれば普通の「近代的個人」とは、自分を「自分」と同時に「他の人のまなざし」、さらに「それらを越えた普遍的な地点」から眺められる人のことである。

1975年頃から経済の発展に伴って「個」の自由という概念がドンドン広がってゆく。子供を養育する揺籃であった家庭や地域が、経済や社会意識によって影響を受けるようになる。人間的に成長するとか、社会に役立つことを受けるといった「公共」的考えから、ただ自分の利益のために学校に行く、というあっけらかんとした意識になって行った。

1980年代に入ると家庭や地域での躾を受けることなく学校に来る子供たちがでてきた。当然個体のままで行き続けたいとする子供と「公」である学校は対立し、高校中退、登校拒否などが出始めた。「子供は教育を受けて成長したいはず」と教育主義に漬かっている教育界やジャーナリズムは理解できない。
子供たちが「生徒」としてのありようからずれ始めた頃「子供に合わせてその学習を支援する」と言う子供中心主義が優勢になって行く。上からの国民形成重視型の教育が否定され、「ゆとり・生きる力」教育に繋がってゆく。学校は、奉仕機関と位置づけられ、生徒や保護者の要求は文科省や教育委員会の支持と同様大事にされなければならない、と考えられるようになる。ここに理不尽な要求をするモンスター・ペアレンツが登場する。「評定の3を4に上げろ」「父親にも連絡をよこせ」・・・・・。親と生徒がこぞって「私」を要求する。しかしながら、自分の子であっても、その子の教育は学校に預けてある。それゆえ親の子に関する学校や教師への要求は単に「私」的なものであってはならない、という常識が成立しなければならない。ジャーナリズムや世論もそのように動いて欲しい。

071022