朝日文庫
「私は、そんな自由なガウデイの人間性を追求してみたかった。誰も描いたことのなかった、作品のキーワードの、さらにその底にある「人間ガウデイ」をである。生前から聖人とも、天才とも評された人だったが、そうした色眼鏡で見る事を止め、十九世紀末のカタルーニャの地方都市の職人の子が、さまざまに悩み、あらゆる芸術を学び感じ取りながら、天性の才を育てて、造形に遊ぶ建築家となる過程を考えてみたかった。」(まえがきより)
1852年スペイン・カタルーニャ地方タラゴナ県で、鍛冶屋の末っ子として生まれたガウデイはママっ子で喘息もちだった。後に医者になったホセや外交官になったエドアルドとともに育った。
バルセロナ建築学校時代に元気だった兄がなくなった。両親、知能の足りない妹とともにバルセロナにやってきた。ホセ・フォントセラの下でシウタデラ公園の大滝建設補助などのアルバイトを始めた。「中世カタルーニャ建築探訪の会」に属し、各地をまわった。マルクスの「資本論」まであらゆる種類の本を読んだ。ついに担当教授ロジェントに認められ、建築家となった。
グエルがガウデイの家具のデザインに興味を持ち、親交を結ぶようになった。ワーグナーに感銘し影響を受けるようになった。「音楽こそ、芸術の共通の地盤ではないのか。建築の価値基準は。その空間に音楽性があるかどうかではないのか。(66p)」
カタルーニャ主義を主張し、キリスト教に反感を持ち、マドリッドを非難した。カトリック信者ボカベージャがサグラダ・ファミリア建設の準備を始めた。新興ブルジョアビセンスからの依頼でムデハル様式の自邸を設計した。(カサ・ビセンス)サグラダ・ファミリアは最初の建築家ビリヤールが退き、ガウデイに依頼があった。信仰心のない者が建設できるのか、と悩み、引き受けた後は熱心に聖書を読み出した。グエル別邸に竜の鉄門を設計し、注目をあびた。パラシオ・グエルでは放物線型アーチを使って人々を驚かせた。
女には縁がなかった。失恋しては「カフェペラーヨ」で安酒をあおった。神父トーラスが彼に影響を与え、次第にキリスト経に傾斜してゆく。いよいよ彼はご生誕門、ご受難門、栄光の門、そして18本の塔からなるサグラダ・ファミリアに没頭して行く。さらにグエル邸の設計までかかった。ここでは砕片タイルを使って注目をあびた。
1906年、彼は父、姪のロサと共にグエル公園内になる邸に移った。時に54才。時代と共に次第に親しい者を失い寂しい晩年が始まって行く。海を見ることを日課とし、金に対しても無頓着になりおだやかな日々が過ぎて行く。ゆっくりゆっくりサグラダファミリアの建設を続ける。地下の聖堂が完成し、ご生誕門がようやく完成の時期に近づいた頃、突然の事件が彼の命を奪った。
純粋で、自己中心で、そしてどこか寂しい男の生涯がよく描かれている。「建築を天命」と認めた晩年の生活はどこか求道者のようだ。こんな風な生涯を送りたいと思いつつ、凡人にはできぬ者とあきらめる。
・ モンセラは、信仰の拠点であるばかりでなく、カタルーニャの自由、カタルーニャ魂、そのものであるのだった。(51p)
・ 小さくても荘厳な楽劇のメロデイが聞こえてくるような感動を与えられれば、それは芸術性の高い良い建築です。(75p)
・ 養父ヨセフを長とする聖家族を範とする家族のあり方こそ、理想的な秩序或る社会の原点であり…・(81p)
・ ムデハル様式(110p)
・ 東洋型の竜は、たてがみと四足と角を持っていますが、西洋の竜は、四足のトカゲ型と、翼と二足を持つ鳥型の二タイプがあると言われています。(113p)
・ ガウデイは、トーラスによって信仰を持つこととカタルーニャ主義とは、全く別な問題であることに気づかされた。(133p)
・ ガウデイの建築で表す生物の対象は、処女作「カサ・ビセンス」で見せた植物から、動物や聖人の骨や内蔵にまで及んだ。(169p)
000809
参考
ガウデイ建築入門 新潮社 赤池経夫、田沢耕他
ガウデイの代表的な建築作品の写真および解説。本書と合わせて読む(見る?)と良い。