この作品は2004年本屋大賞というのをとった。全国の書店員が「読んで面白かった」「もっと売りたい」と思った本を選ぶ賞で、第1回となる今年は160書店、191人の書店員が参加した。作者の小川洋子は1962年岡山生まれ、早大文学部卒、91年「妊娠カレンダー」という作品で芥川賞を受賞している。
一種のメルヘンとして読めばいいのだと思う。現実にはこんなことはありえないだろう。しかし読んだあと心がほのぼのする作品である。だからこういう殺伐とした世の中でうれしい、私もまた人に勧めたい、と感じた。
「彼のことを、私と息子は博士と呼んだ。そして博士は息子を、ルートと呼んだ。息子の頭のてっぺんがルート記号のように平らだったからだ。」
この面白いで出しで始まる物語の主人公は、家政婦紹介所から、1992年3月に博士のもとに派遣された。「世話をしてほしいのは、ギテイです。」やとった老婦人の説明によると、博士は裏庭の離れに一人で住んでいる、博士の記憶は1975年で終っている、それ以降新たな記憶を積み重ねようと思っても80分で崩れてしまうのである。頭の中に80分のビデオテープが1本しか入っていないのである。
「君の靴のサイズはいくつかね。」博士が最初に尋ねたのは、名前ではなく靴のサイズ。「24です。」「ほお、実に潔い数字だ。4の階乗だ。」
「君の電話番号は何番かね」「576の1455です。」「5761455だって?素晴らしいじゃないか。一億までの間に存在する素数の個数に等しいとは」
博士はイギリスのケンブリッジ大学まで留学し、数学の博士号をとり、大学の数学研究所で働いていたが47歳で交通事故にあった。脳に回復不能のダメージを受けて職を去り、以来数学雑誌の懸賞問題を解いてわずかばかりの資金をかせぐほかは、収入がなく、義姉に頼り、結婚もしないまま現在にいたっている。博士はいつも背広を着てネクタイをしめているが、その背広には数多くのメモ用紙がクリップで留められている。その代表的なものは「僕の記憶は80分しかもたない。」日常、完全に数学のことしか頭になく主人公は素数の話などつぎつぎ聞かされる。
「28は完全数である。その約数の和はやはり28になる。220と284は友愛数である。220の約数の和は284、284に約数の和は220である。」
一方で博士は子どもを大事にするやさしい人でもあった。「私が働いているとき、子どもは野球でもしているでしょう。」というと博士は「いかん、いかん、親と子どもはいっしょにいなければ・・・。」と怒り、結局10歳のルートも博士のもとにくるようになった。
博士はルートに1からnまでの和の計算などの数学を教え、一緒に遊ぶようになった。ルートは阪神タイガースのファン、博士もファンだが1975年以前だから江夏のファン、二人の心の交流がやさしく描かれる。一度誤解で分かれるときがあるが、それもとけて再び3人が一緒に過ごすようになるが・・・・・。
もちろんこの作品に不満がないわけではない。
3人は純粋ではあるけれども、逆にその人間性に陰影は感じられない。自分は家政婦、悩みはないのか、多感な10歳の少年と言ってみれば人間ぎらいの博士はあまりにも抵抗なく仲良くなってしまう・・・・なぜなのだろう。しかしたとえばつい最近芥川賞をとった作品などに比べると、安定感があり、安心して読んでいられる。
041117