新潮文庫
八歳の時に初めて於継の嫁入り姿をみた妹背加恵は本当に美しいと思った。於継の嫁入り先は華岡直道という隣村の医者で、妹背家に来たとき、酒を飲み、法螺話をし、父のように医者を志している息子の雲平の自慢ばかりをしていた。
祖父が亡くなってから3年して、突然於継が妹背家に、雲平の嫁に加恵を欲しいと申し入れて来た。家格も違うことから当主佐次兵衛は聞き流すつもりだったが、加恵は於継に見込まれた事がうれしく強く希望し、嫁入りする事になった。
結婚はしたものの、雲平は京都で修行をしていたから、新夫とまみえることもなく加恵の華岡家での生活が始まった。較べものにならぬほど質素な生活であったが、於継を初め家族が親切だった事もあって、平和な暮らしが続いた。毎日機を織るがそうして得た金はまとめて京都の雲平に送られ、一家で雲平を支えている事が実感させられた。
雲平が帰ってきて父に西洋医学の大切さを熱心にといた。この日から於継の加恵に対する態度が一変する。外面的には良く見せるが、内実は無視ないし嫁いびりが始まったのだ。それでも雲平は優しくしてくれ、直道がなくなってかり、長女が生まれてからは加恵は次第に家の中で力を持つようになった。
いつの間にか力をつけて雲平はいまでは青州と名乗り、弟子も増えてきた。直道の妹の於勝が乳ガンでなくなったころから、青州は何とかして麻酔薬を開発しようとした。野良犬や野良猫を使って何度も動物実験をした。それでも完成しない。青州の目は言っていた。「人間で実験がしたい。」
話が出たとき嫁と姑は争って実験台になることを申し出た。於継は二日間の昏睡で目が覚めた。しかし飲ませた薬には劇薬をのぞいて有ったことを加恵は知っていた。そして加恵が実験台。七日に渡って加恵は昏睡を続けた。「どうして年取った私は二日で覚醒したのに、加恵は覚醒しないのだろう。加恵に何かあったら私の立場はどうなるのだろう。」於継は気をもんだものだ。
その於継もなくなった。加恵は念願の男の子も産み、文字通り華岡家の中心となった。しかしあの麻酔薬の副作用は大きく目を失った。華岡青州はいまではおしもおされぬ名医の評判を得ていた。
一人息子にすべてを託す家、そこでの女の立場、麻酔薬開発の苦労などよく描かれているが、この小説の主題は何と言っても嫁と姑の一家の主権をかけての争いである。於継が家格の上の妹背家に単独「加恵を息子の嫁にくれ。」と申し込む段階で、すでに於継のマザコンぶり、嫁は世継ぎを残すためにのみ必要と言う考えを読者はおしはかるべきだったのだろうか。雲平の帰ったときの様子、初夜、「この当たりの習慣では嫁は子を産むために里帰りすべきだ。」と命ずる於継の態度などが実によく書きこまれていると思った。
・嫁に行くことが、あんな泥沼にぬめりこむことなのやったら、なんで婚礼に女は着飾って晴れをしますのやろ。長い振り袖も富貴綿の厚い裾も翌日から黒い火日が燃えつくようになるのにのし。(192p)
・「・・・・あの美し、賢い、お母はんに娘のように思うて頂いて」・・・・・「そう思うてなさるのは、かかさんが勝ったからやわ」(194p)
991004