小説ヘッジファンド     幸田 真音


講談社文庫

東洋銀行本店の岡田はまたしても正体不明のヘッジファンドDファンドにやられて茫然とした。そして上司で自分を育ててくれた佐藤の失敗。彼は失敗の経験をつぶさに分析し、新しい自分なりの手法を開発し、佐藤の窮地を救った。
そのころ実は日本の女性智子に代表されるDファンドでは新しい人材を捜していた。田村の紹介で、なんと岡田がヘッドハントされ移ってきた。Dファンドは綿密な検討の末、大きな勝負を試みることにした。円の徹底的な売り。プログラムは完全に見えたがなぜか本木は疑問をていした。…・何か計算外のことがおこる。
プロットは安直と思う。巨大なヘッジファンドの総帥がうら若い女性であった、岡田があるとき自分の父の会社を倒産寸前に追い込んだのが急激な円高であったことを考え、これで良いのか、と疑問を呈するところ、円高が急速に進行し、日本の自浄作用が働くところ、などどうみても出来過ぎている。特にファンドの総帥が慈善事業にも金を投入する一方、そこからも情報を得ている、というやり方はいかにも二元論を得意とするアメリカ的感じがし、好感がもてなかった。
しかしヘッジファンドという新しい事業分野とその怖さを紹介していると言う点では素晴らしい作品で、現場の雰囲気が非常によく出ている。
最後に著者自身のあとがき(95年7月)、文庫化にあたって(99年2月)、佐高信の解説が載っている。著者は文庫化にあたってで
「この間における自部員自身の変化もさることながら、国内外を問わず小説の舞台にした金融業界の変化の凄まじさには、目を見張るばかりである。」
「かの日本長期信用銀行や日本債券信用銀行が国有化され、山一証券が廃業し、北海道拓殖銀行の名が消えた。私自身が籍をおいていたバンカース・トラストも、欧州系のドイツ銀行との合併を発表し、総資産100兆円にもおよぶ銀行になろうとしている。」
「ヘッジファンドがここまで台頭し、その動向が金融市場だけでなく国際政治までも揺るがすことになろうとは、誰が予見できたろう。」
としている。しかしこれを著者が書いてからもう2年半が経っている。日本の銀行は不良債権処理に苦しみ、企業は不況に苦しんでいる。この手の小説を今の目でもう一度書いてもらいたい、と願うのは私だけだろうか。
佐高信の次の言葉も共感できた。
「いわゆる金融ビッグバンで何がどう変わるのか。そうしたことを知るために、一般読者はもちろん、大蔵官僚や銀行マンにとってもこれは最良の教科書だろう。」
011203