新潮文庫
本所七不思議に題材をとった短編集。市井のごく平凡な人たちの等身大の視点で捕らえた語り口がうまく、登場人物がそれぞれに感銘を与える書き方が読者の共感を呼ぶ。またひとつひとつの話にひねりが利いている点も魅力がある。
片葉の芦
本所駒止橋の上で、近江屋が撲殺されていた。財布がなくなっていたが、岡引の回向院の茂七は折り合いの悪かった娘のお美津が犯人ではないかと考える。しかし昔食うものも食えなかったとき、父親の反対を押し切って酢飯を恵んでもらったことのある蕎麦職人の彦次には信じられない。門にさした片葉の芦が酢飯があることの信号だった。下駄屋の娘の証言で犯人が捕まるが、彦次に恩を施したことをお美津はとうに忘れている。
送り提灯
大野屋のお嬢さんは、恋の願懸けのために、十二になったばかりのおりんに、百晩毎夜丑みつ時に回向院の小石を拾ってくることを命じる。ところが夜道をゆくと、誰とはわからぬ送り提灯が付いてきて、守ってくれた。この小石拾いも大野屋におしこみ強盗が入り、お嬢さんに思いをよせる清助が負傷し、終わりになった。お嬢さんの願懸けの相手がおしこみ強盗の仲間だったのだ。清助は去ったが、あの送り提灯は本当は誰だったのだろうか。
置いてけ堀
おしずは、庄太が何者かに突然殺されてさびしい。店に声をつぶした色気たっぷりの常盤津の師匠文字春がくるがうらやましくて仕方がない。うわさでは庄太は置いてけ堀の岸涯小僧に変わったかと・・・。そこで、おしづが堀に向かうと、何やら怪しげな二人連れの会話、隠れて聞いていると、真実が露見。実は文字春に亭主がほれたことを焼いた川越屋のおかみが、毒を盛ったが、それを庄太に見られたと考え、人を使って殺させたものだった。
落葉なしの椎
おとっつあんが盆のつぼを針で刺されて殺されたお袖は、岡引きから犯人が見付からない理由は椎の葉だ、と言われ、毎日はき清めることにする。それにつられて殺しの下手人が現れた。草履の鼻緒が切れたと男を誘い、かがんだところを簪でぶすりとやる犯人が・・・。なんだかデイクスンカーの「夜歩く」と似たようなトリック。
馬鹿囃子
おとしの恋人宗吉におしろいのにおい。哀しい思いがつのる。そのころ顔きり魔が出没していた。実は宗吉は、おかみに頼まれて、女装をして、そのおとり役を勤めていたのだが・・・・。
・「男なんてみんな馬鹿囃子だ。」(159p)
足洗い屋敷
大野屋のあたらしいおかみさんお静は、おみよにやさしく、客の足を洗い続ける夢の話を聞かせてくれる。しかし怪しげな娘の出現と(きっと不幸がおこる)の予言は恐ろしい陰謀を予見させた。小金もちで、歳のはなれた男の元に、後妻として入り込んでは濡らした紙で顔をおおって殺し、よるべのない後家になり財産をのっとる・・・。
消えずの行灯
市毛屋は、富岡八幡宮の橋が落ちた事件で、娘のお鈴を失ったが、それ以来おかみさんの様子がおかしくなった。おゆうはお鈴に似ていると、おかみさんの側で代役を務め、希望という消えずの行灯役を務めることを頼まれる。しかしおゆうが知った真実は、お鈴がなくなって、夫は女に走り、妻は夫の財産を無駄に使わせようとする壮絶な夫婦の現実だった。