文芸春秋ハードカバー
水越麻也子は32歳、航一と結婚して長く、嫁ぎ先にせかされてはいるものの子はまだない。結婚した頃はベッドに熱心だった夫は、会社勤めでひどく忙しいらしく、このごろは屈辱的な言葉をはく。「勘弁してくれよ・・・・。」
寂しさを紛らすために彼女は大学時代の恋人野村に電話する。彼は航一に比べれば男ぶりも経済力も一段上だ。しかし彼には妻子がいる。やがて簡単に二人は深い関係に陥る。しかし二人で入ったホテルにかかってきた電話が、彼の妻のものでなく別の愛人のものだとわかったとき野村は遊びでつきあっている、と理解する。
そんなとき独身31歳の工藤通彦にであう。音楽評論家でクラシックが趣味ときてさんざんてこずるがやがて深い関係に。しかも性経験がすくなく、独身の彼は非常に積極的。すぐ航一と分かれて一緒になってくれ、というようなだだっ子ぶりを示す。すったもんだの末麻也子は通彦のもとに走る。
しかしそんな関係が周囲を怒らせたことは言うまでもない。自分の行動は夫の母のはなった探偵にすべてかぎつけられ、慰謝料はとれない。通彦は叔母の援助を受け、これまで優雅な生活を続けて来たが叔母が怒りそれもパーになった。理想の結婚のはずだったがわびしいマンションのかつかつの生活。しかも分かれた夫は28の子供みたいな女性と結婚したという。彼女がつぶやく「自分だけが損をしている」
結婚しながら、夫に不満を持つ女性なら誰でもが描きそうな夢を、細やかな感情や欲望の動きを交えて、具体的に読者に見せつけた好著。私は評判を他の本で知り、中年に至った女性の感情を知りたくて求めた。
女の男に対する思い、感情、戦略、欲、そしてセックス描写が女性ならではの観察力で描き出されている。文才か、経験か、それとも日頃それだけ深く考えているからなのか、私などとうてい思いつかぬ視点だ、と感じさせるところが随分ある。
・浮気をするとね。かえって夫に優しくできるものよ。本気にならなきゃ、そっちの方が夫婦円満の秘訣かも知れない。(32p)
・夫婦の性生活ほどつまらないものはない。回数の少なさもさることながら、あのおざなりなことと言ったらどうだろうか。睦言や前戯と言ったメロデイは消えて、挿入のリズムだけが残る。(34p)
・絶対に自分の秘密を語ることなく、他人の秘密から何かを学びたい。これは決してずるいことではないと麻也子は考えている。(63p)
・(新年の抱負)抱負ということは希望ということであろう。希望は秘密と同義語だということを、この女はしらないのだろうか。秘密をみんなに披露する者などいるはずがないではないか。(91p)
・老人というのは、確実にこちらの若さを吸い取っていくものなのだ。特に無視することのできない、権力を持った老人がそうだ。歩き方、しゃべり方、あるいは呼吸まで、そのテンポを自分に合わせることを強要する。(126p)
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