復活    トルストイ


岩波文庫  中村 白葉訳

裁判所に陪審員として呼び出されたニエフリュードフ公爵は被告の女性マースロワ(カチューシャ)が7年前に自分が関係した女性だと知って驚愕した。
ある旅館で商人のスメリコーフが阿片で毒殺され、大金とダイヤモンドの指輪がなくなった。シャンパンに散薬をまぜて飲まし、しかも件の指輪を所持していたことからマースロワが疑われた。しかし彼女はスメリコーフが絡むのである男に相談したところ「この眠り薬を飲ませろ!」と言われたので、飲ませた、まさか毒とは知らなかったと主張する。あわせて指輪についてはもらったものだ、とした。
陪審員は彼女について「有罪は認めるが盗む意志はなかった、また何も盗まなかった。」としたが、疲れていたため「殺害の意志はなかった。」と付け加えることを忘れた。そのため彼女は4年の徒刑に処せられ、シベリアに送られることになった。
昔を思い出し、良心の痛みを感じたニエフチュードフは彼女に面会し、結婚を申し込み、上訴し、あわせてシベリアまでついて行くことにした。
7年の歳月はマースロワをすっかり変えていた。娼婦に落ちぶれ、シベリア送りになった彼女が彼と結婚するなど空想話だったが、苦しい旅の間にニエフリュードフは現実に目覚め、現行の刑罰のあり方等に多くの疑問を持つようになる。
トルストイ71歳、1899年の作品であり、トルストイ三大作「戦争と平和」「アンナ・カレニーナ」「復活」の最後を飾る。
この書は一見ニエフリュードフとカチューシャの恋物語のように見えるが、実際はトルストイの思想、芸術、宗教、生活等に対する考え方を小説を通して語っているのである。人間は皆平等である、何者かの意志によってこの世に産まれてきたから己の悦楽を優先させてはならないなど、非常に道徳性が高い。理想社会として原始キリスト教的社会を考えているように読めた。

・ 真実なんてものは豚が食べてしまったんですよ。(上179P)
・ 司祭がその笛のような声で何遍となくその名を繰り返し、あらゆる奇怪な言葉を連ねて誉め称えたイエスその人は、実はここで行われたようなことはすべて禁じていたと言うことに気のついた者はいなかったのである。(上219p)
・ 土地は私有の目的物であってはならない。土地は、水や、空気や、日光のように、売買の目的物であってはならない。万人は土地に対し、及び土地が人々に与える一切の
・ 普通に人は、泥棒や、殺人者や、間諜や、醜業婦などは、自分の職業を悪い者を認めて、それに恥じなければならぬものと考えている。ところが事実は全然反対である。運命のため、自分の罪・・・過失のために、ある境遇におかれた人々は、それがどんなに正しくないものであっても、とにかく、その境遇が結構なもの、尊重すべきものと思えるような人生観を、自分で作り出すものである。泥棒がその敏腕を誇り、醜業婦がその放埓を鼻にかけ、殺人者がその残忍さを自慢の種にすると聞いたら、我々は驚きあきれるであろう。しかし、それが我々を驚かすのは、ただそうした人の住む社会・・・空気(アトモスフェア)が限られており、殊に我々がその圏外におかれているからなのである。けれども世の富豪がその富、すなわち略奪を誇り、軍隊の指揮官がその勝利、すなわち殺人を鼻にかけ、為政者がその権力、すなわちその圧制を自慢するのも、いわばこれと同じ現象ではないであろうか?しかも我々はこうした人々の中に、自分たちの位置を弁護するための勝手な人生観や、善意観を見て怪しまないのは、ただ、そうしたよこしまな観念を持っている人々の社会が、より大であって、我々自身がそれに属しているからに他ならないのである。(上242p)
・ 便宜に対して、同等の権利を持っている(上353P)
・ 囚徒の分類 1)誤れる裁判の犠牲であって全然むこの人々 2)憤怒とか、嫉妬、泥酔、その他これに類した特殊の状況の元に行われた行為に対して判決を受けた人々 3)彼ら自身の考えではむしろいいことくらいに思っているのに、彼らと没交渉の立法者側の考えでは犯罪と見なされる、そうした行為で処罰される人々 4)社会一般の水準より精神的に高いところに立っていると言うだけの理由で、罪人の中に入れられている人々 5)彼らが社会に対するよりも、社会の方が遙かに多く彼らに対して罪があるというような連中(下 149p まとめ)
・ そうだ、おれは典獄とか護送士官とかいう連中のことを考えていたんだった。…ああいう官吏連中は、人間としては、大部分善良で穏和な人間なのに、ただ職務に携わっていると言うだけの理由で、意地悪な人間になっちまうんだ。(下214p)
・ いろんな信仰のあるのは、人が他人を信じて自分を信じねえからだよ。…・つまりみんなが自分の魂せえ信じてりゃあ、みんな一つになれるというこんだ。(下325p)
・ もしわれわれがこの世に送られてきたものとすれば、それは何者かの意志によって、何事かのために遣わされたのではあるまいか。しかるに我々は、ただ自分の悦楽のために生活するのだと決め込んでいる。これでは主人の意志を実行しなかった葡萄作りが悪い報いを受けたと同様、われわれも悪い報いを受けることは明らかである。(下365p)

蛇足
カチューシャの出てくる有名な唄が二つある
「カチューシャの唄」
大正3年、島村抱月・相馬御風 作詞、中山晋平 作曲で松井須磨子主演劇「復活」の挿入歌
カチューシャかわいや
わかれのつらさ
せめて淡雪とけぬ間と
神に願いをララかけましょか
「カチューシャ」
昭和14年、ロシア民謡らしい。関鑑子訳詞・ブランテル作曲
りんごの花ほころび
川面にかすみたち
君なき里にも 春はしのびよりぬ
君なき里にも 春はしのびよりぬ
020727