複合汚染           有吉 佐和子


新潮文庫

 読み終わってこれは小説と呼べるのか、と思った。恋愛もないし、ストーリーもないし、主人公もいない。最初に出てくる紀平、市川、青島の選挙演説応援のお話も立ち消えになったままである。それでいてこの作品は素晴らしい作品だ、と考える。何よりも作者が書きたいと思っていること、書かねばならぬと思っていることを思い切って原稿用紙にぶつけている、その情熱が感じられるからである。
選挙の応援演説をするうちに、私は次第に化学物質による環境破壊問題にのめり込んで行く。聞き取り調査、文献調査に加え、ホンモノの柴漬を持っていって喜んでくれた横町のご隠居さんとの論議を通じて次第に核心にせまってゆく・・・・。
米にコクゾー虫がわかなくなった理由を調べると、害虫駆除の目的で日本の田畑にものすごい量のDDT、BHC、水銀農薬がぶち込まれ、食物連鎖によって濃縮され、人々の口にのぼっている。農村の一部では、自然の堆肥を作り、せめて自分たちの食べるものは無農薬で作ろうという動きがある。
野菜だって同じことで、市場は、薬づけになった虫のつかない、腐らない、形と色の良いものばかりを求める。厚生省は黙認するどころか基準を作って奨励している。
 合成洗剤の毒性も怖ろしく、ゴキブリも死んでしまうほどだ。そのうえ効きが悪いからクリーニング店は昔ながらの粉石鹸を使っている。
 何時までたってもなくならないPCBも市場を席巻し、それが動植物に濃縮され、人間の口に入り、排泄しない胎児に影響を与えている。不健康な状態で無理矢理作られたり、大きくされたりした鶏卵や牛や豚の肉が供給され続けている。
 自動車が廃棄物をまき散らしてますます環境を破壊して行く。ホンダや松田はこの問題に果敢にチャレンジしているがまだ全面解決とは行かない。
農薬、生活排水、食品添加物、工場排水、車の排気ガスこれらのすべてが絡み合って我々の生活をますます危険なものにして行く。
 私は何も農薬のすべてがいけないと言っているのではない、自動車がすべていけないと言っているのではない。しかし現場を無視した科学万能主義が蔓延し、我々の生活をおかしな方向にもって行っている現在の政治のあり方を許すわけには行かない。
 ただ最後にはやや筆先が鈍り、自給自足できる有機農業や自動車公害の撲滅を理想としながら、現代生活と現代科学をどこまで調和させて行くべきか、の結論を出し得ないところに、作者が自分自身もどかしさを感じているように思われた。もちろんこれは現在でも答えのでていない問題なのだが・・・。
・毒ガス使用の歴史
一九一五年四月 ドイツ、初めて連合国に毒ガス(塩素)使用
同年九月   イギリスもフランスも使用
同年十二月  ドイツホスゲン使用
一九一六年  フランスもホスゲン使用
同年五月   ドイツはジホスゲン開発
同年七月   連合国軍が青酸ガスを使用
一九一七年七月 ドイツがイペリットを使用(167p)
・化学肥料と火薬の間には、江戸時代の堆肥と火薬のような違いがない。(173p)
・水田のヒコバエ(孫生)(176p)
・農薬の被害は、まず農民にあらわれてくる。犠牲者はいつも生産者の側にあらわれる。(179p)
・枯れ葉作戦・・・24Dおよび245Tと呼ばれる2種類の除草剤である。(186p)
・りんごは青い内に木からもぎ、庭に並べて水をかけて濡らし、太陽に当てると早く赤くなる(197p)
・食物連鎖の一つ一つの鎖ごとに「生体濃縮」が行われる。鶏がそうだ。牛もそうだ。豚もそうだ。そしてすべての食物連鎖のターミナル(終着駅)は人間の口なのである。(211p)
・一件の農家が五ヘクタールの農地を持ち、一匹か二匹の乳牛と、三匹の豚と、数羽の鶏や山羊を飼えば、家畜の飼料も自給できる、田畑の堆厩肥も自給できる。(214p)
・しば漬(226p)
・お日さま、お月さま・・・・太陽と水と土と緑。この大自然が、人間を産み、育て、成長させている。このもっとも大切な事実を、学校教育でも、家庭教育でも、教師や両親は忘れないで欲しい。(254p)
・コンパニオン・プランツ(297p)
・火を手に入れるまで人間には虫歯がなかった。(303p)
・産業革命と人口(313p)
・農地は三十年前と較べれば遊んでるみたいな有様なんです。これでどうして食糧危機なんて言えるでしょうか。(316p)
・敗戦によって、日本人は世界に冠たる大日本帝国の威信を失うと同時に、科学戦争に負けたことを骨身に応えて感じた。ここから科学盲信という風潮が生まれる。・・・日本の精神的風土の荒廃はここから始まった。(321p)
・機械は病人を作るんですよ(エレベータなど)(323p)
・日本の年間降雨量は6700億トン、そのうち蒸発するのが1230億トン、地下水になるのが270億トン、川になって流れるのが5200億トン・・河川の改修と洪水流量の増加(330p)
・誘蛾灯に合成洗剤を入れるのは常識(333p)
・生体濃縮・・・胎児は生まれるまで排泄しない(411p)
・有機農業が目指しているのは、少数の家畜を使って、米も麦もマメも野菜も自分で作り、先ず農家自身が自給自足の体制づくりをすることなんです(429p)
・下放運動についての見方(432p)
・自然気胸と二酸化窒素の関係(449p)
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