角川文庫(上、下)
昭和21年、北海道旭川市郊外辻口医院院長辻口啓三の妻夏枝が、村井医師と密会をしている最中に、長女のルリ子三歳が誘拐され殺された。犯人は妻に死なれ、残された幼子も施設に預け、絶望の淵に沈んでいた日雇いの土工で、発作的に誘拐、泣かれたために殺したと言うことであった。捕らえられた土工は獄中で自殺した。
一時のショックから回復した夏枝は、ルリ子と同じ女の子を望んだ。しかし妻の浮気を疑い、嫉妬深い夫の啓三は、なんと知人の医師高木に頼んで犯人の娘を引き取り、夏枝に育てさせる。陽子と名づけられたその子は兄徹を慕いながら、すくすくと我慢強いまばゆいばかりの可愛い子に育つ。
しかしふとしたことで、陽子が犯人の子であると知った夏枝は怒り、陽子をうとましく感じ始める。学芸会の白い服は作ってやらなかったし、卒業式の陽子の読む答辞は白紙とすりかえてしまう。一方啓三は、洞爺丸事故で危うく一命を落とし書け、その時の神父の態度に感銘を受けて以来、皆を許そうと考える。長男の徹は、陽子の出生をふとしたことで知り、恋心を抱き始める。夏枝の浮気相手だった村井は、長いこと結核で療養生活を送った後、戻るがもう夏枝との関係はなくなっている。
そして大学生になった徹が連れてきた北原は、陽子に恋を感じる。しかし夏枝も北原に恋心を抱き、陽子との恋路を邪魔しようとする。そしてそれが頂点に達したとき、「陽子はルリ子を殺した犯人の子!」と真相をぶちまける。「お母さんに意地悪をされても強く明るく生きよう。」と決心していた陽子であったが、ショックは大きく睡眠薬をあおる。啓三等に見守られ、生死の境を歩む陽子・・・・・。
典型的な継子いじめの大衆小説であるが、人間が皆持っているキリスト教の言う原罪という視点で捕らえている点に特色がある。夏枝は犯人の子と知ってから、ルリ子との立場の比較で陽子を捕らえ、さらに歳と共に白雪姫を嫉妬した継母の気持ちになり、さらに北原が現れてからは恋敵として認識する。啓三は「汝の敵を愛せよ!」などと高尚に言いながら、残酷にも犯人の子を夏枝に押しつける等々。
大衆小説らしく、プロットが素晴らしく、出だしの夏枝と村井の情事の場面から、次々と大きな事件を発生させ、読者を飽きさせない。北海道の風景描写と相まって雰囲気も十分。ただ、陽子と北原が出会う頃の時代の動きをもう少し入れても良い気がした。
・はっても逃げられるものならまだしもね。腹の中に入っていて、逃げも隠れもできないものを殺すんだ。月のたった中絶児は膿盆にのっかってフガフガがとつぶやくように泣いていますわ。何の罪もないものをね。立派な殺人ですよ。(上98p)
・心の底などといって、そこのある内はまだ良いのだ。底知れないこの穴の中から、自分でも想像しなかった、もっともっと恐ろしいささやきが聞こえてくるのではなかろうか。(上122p)
・ゲーテ「不機嫌は最大の悪だ。」(上329p)
・しょせん、人間は誰も自分一人の生活しか生きることは出来ないのだ。(下6p)
・イエス・キリストの誕生の次第・・・・ヨセフがマリヤを信じたほどの、堅い信頼で結びつく人間関係というものがあるだろうか(下8p)
・幼女をだくのは、密室の一人の遊びに似ていた。女の子は無邪気に抱かれているだけで、名にも誘ってはいないのに、成熟した女性とは別の、妖しい魅惑があった。(下16p)
・たとえ親がタコだろうとイカだろうと、おれたちのことどれだけ違うって言うんだい(下23p)
・けれども、今、「ゆるし」がほしいのです。おとうさまに、おかあさまに、世界のすべての人々に。私の血の中に流れる罪を、ハッキリと「ゆるす」と言ってくれる権威あるものがほしいのです。(343p)
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