岩波文庫
作者は1888年生まれ、1921年から29年までパリにおり、実存主義者サルトルとも関係が深かった。「いき」の構造をパリで書き終えたのは1926年。国際的に通用することばで独自の哲学が語られている。それでいてどことなくヨーロッパ、とくにパリの文化の好みに対抗してゆこうとする気構えのようなものが感じられる。
ただ、「いき」にしても「風流」にしても、現代の我々からみると作者のように断定できるのか、という疑問は残る。従ってそういったものに対する一つの「試論」と捕らえたい。
「いき」の構造
「いき」と言う日本語は民族的色彩の著しい語のひとつで西洋の言葉でこれに当てはまるものはない。「いき」の内包的構造の第一の微表は異性に対する「媚態」で、異性との関係が「いき」の原本的存在を形成している。第二の微表は「意気」すなわち「意気地」である。それには江戸文化の道徳的理想が鮮やかに反映されている。第三の微表は「諦め」である。運命に対する知見に基づいて執着を離脱した無関心である。概括すれば「媚態」がその基調を構成し、「意気地」と「諦め」が民族的・歴史的色彩を規定している。「いき」の外延的構造を知るためには関係する他の諸意味との関係を明らかにする必要がある。「いき」に対する「野暮」ほかに異性的特殊性に基づくものとしては甘みとこれに対峙する渋み、人世的一般性に基づくものとしては上品これに対峙する下品、派手これに対峙する地味がある。この書ではこれらの関係を立体的に明らかにする。さらに「いき」の自然的表現、芸術的表現を実例をあげて提示する。
風流に関する一考察
風流の基本は離俗という道徳性である。これに対峙する積極的な面は耽美である。この耽美性が社会に現象する場合には「風」とか「流」とか言う相対的形態をとってくる。風流の第三の要素は自然である。離俗と耽美の綜合として、世俗性を清算して自然美へ復帰することが要求される。風流が創造する美的価値は「華やかなもの」これに対峙し「寂びたもの」、「太いもの」これに対峙し「細いもの」、「厳かなもの」これに対峙し「可笑しいもの」の三組の対立関係に還元される。
情緒の系図
情緒の系図をたどるために歌を手引きとしておこなう。歌に現れた驚、欲、欲、寂、寂、悲、憎、恐、怒、嬉、愛、恋などの感情とそれに関連するいくつかの情緒を関連付け、一つの表としたところが面白い。
030107