新潮文庫
伊豆の踊子
時は大正末期、私は二十歳、高等学校の制帽をかぶって紺絣の着物に袴というスタイルで、伊豆をひとりで修善寺から湯が島を経て下田に向かった。大島から来ている旅芸人の一行に遭遇し、その中の踊子に気が引かれた。
一行は長岡温泉の印半纏を来た二十五、六歳の栄吉という男、その妻で十九歳の千代子、妹で踊子の薫、彼女は十四歳である。それに雇いで十七歳の百合子、千代子と薫の母をいれ一行は五人である。
トンネルをぬけると南伊豆。湯ヶ野についた。私は下田まで彼らと一緒に行く事にした。温泉宿で床にはいると女たちの座敷でうつ太鼓の音が聞こえた。踊子は私を好いているように見えた。二人になったとき、踊子が言った。「明日は下田、うれしいな。赤ん坊の四十九日をして、おっかさんに櫛を買ってもらって、それからいろんなことがありますのよ。活動に連れて行ってくださいましね。」
河津街道を下って下田。甲州屋という木賃宿に泊まった。しかし踊子の母親が許さず、私は彼女を活動につれて行ってやることができなかった。下田から私は東京に向かう。人に乳飲み子を抱いたおばあさんを東京につれて行くことを頼まれた。私は婆さんの世話を快く引き受けた。船が相模灘を過ぎる頃、頭が空っぽで時間と言うものを感じなかった。涙がぽろぽろカバンに流れた。
この作品は昭和元年に世に発表された。作者二十七歳の時で、東京帝国大学を卒業して二年後である。なぜこんなことを書くかというと、文章の良さとみずみずしい若さは感じるものの、私にはこの作品の良さがどこにあるのか、良く分からなかった。さんざん考えた末、この作品は紀行文として考えると素晴らしいと感じた。確かにこんな味のある紀行文を書けたら素晴らしいだろう。
主人公にとって旅芸人や踊り子との出会いはほほえましいエピソードである。しかし主人公と踊り子にはそれなりの葛藤も苦しみもぶつかりもなく、それぞれにとって所詮は時と共に忘れられて行く話である。涙がぽろぽろカバンに流れたのはいささか感傷的すぎる?しかしこの作品は人情、伊豆の旅情といったものが良く伝わってくるがゆえに、高い評価を得ているのだと思った。
温泉宿
抒情歌
禽獣
以上略
010318