受胎    井上 友一郎

角川文庫

受胎

わたくしが同級生の草八のことを書く、という形式をとっている。草八は浪曲師になりたいと吉田という男につくが、その妻華千代と駆け落ちしてしまう。漫才師に転向し、少しばかり名が出るが、浪曲師になる夢を捨てきれない。華千代が別の男と駆け落ちし、娘桃子が亡くなると、吉田に泣きつき、再び付き人のようになってしまう。しかし最後の分かれの時がくる・・・・・。

芸と愛欲と性格の間で揺れ動き、後から見ればその軌跡はめちゃくちゃ、そういう人間の悲しさのようなものが私小説風に丁寧に描かれている。

湘南電車

夫を失い、女給になったハマは湘南電車で、箱根に従業員慰安旅行に行く途中、夫の知り合い小笹に出会う。彼は大磯に住んでいるから遊びに来い、と誘う。強羅のホテルでなじみ客の木原に会う。彼は強引に明日湯河原で待っているから来い、と誘う。翌日も誘いの電話があり、仕方なく小田原に向かうが、乗った電車が反対方向だった。

女の揺れ動く気持ちと、なんとはなしの人生のうら寂しさを描いていると感じた。

ハイネの月

私は友人杉下から、木目田徳子という引揚者の女性を紹介され、作品を読んでしかるべく所に紹介してやってくれ、と頼まれる。親しくはなったが、私は彼女と杉下が浅からぬ縁にあると推量するに足る証拠をつかんだ。そこで彼女の小説と杉下および徳子の話をつなぎ合わせ、杉下と徳子の物語を作った、というスタイルをとる。

徳子は杉下の昔の恋人。上海から戻り、徳子はよりを戻そうとするが杉下には妻がいた。しばらく、杉下はその言葉をきらうものの愛人生活を送る。しかしそれを杉下の妻がしるところとなって・・・・。草八のように芸と愛欲と性格の間で揺れ動き、最後には投げ出してしまうという、言って見ればエゴイスト杉下がうまく描かれている。

021208