蔭の棲みか 玄月


文芸春秋

蔭の棲みか
大阪市東部の下町に抱きかかえられるようにひっそりと存在している韓国人集落、七十年前にソバンの父等が最初に小屋を掛けた。ソバンはこの町で生まれ、この町で育ち、今では七十を優に越えている。息子の光一はソバンが日本軍人だったことを知って東京に出ていったまま、戻っていない。
貧しかった集落が一変したのは永山の工場が出来て以来だった。バラックに電気が引かれ、ラジオが行き渡り、テレビや電気冷蔵庫がめずらしくなくなった。それと共に部落を出るものも増えた。
わずかな地代で土地を取り壊そうとしたとき、永山は買いたたいて集落の土地を買った。永山は利に聡く、町で発生するうまい話に永山が必ず絡むようになった。村は、最近では世代の対立、さらには中国人も永山の工場で働きだし、民族同士の対立が暗い蔭を落とし始める。
ソバンの棲む朝鮮人集落は永山の工場や百人からの労働力を供給する基地になっていた。「タバコをくれ」スッチャという女性乞食に声を掛けられた。彼女は二十年前頼母子講の金をくすねて、みんなにリンチされた。瀕死の状態で解放された。しかし彼女は生き通し、腰が硬くなった足を引き吊りながら段ボールを集めて細々生活している。
また地下銀行の金をくすねた中国人を集団リンチするという事件が起きた。しかし今回は通報者があって今度は警察が駆けつける。警官が叫ぶ。「…・おれの目の届くところで、百人もの出稼ぎ不法滞在者が自分たちだけのコミュニテーを作るのはぜったいに許せん。…・ええか、今日にもここを潰す。…・」
ソバン老の目を通して、朝鮮人集落の様子、思いが良く書けている。作者はこの集落の問題に対する答えを出している訳ではない。事実をつきつけ、読者に何かを感じさせ、考えさせるようにしている。そこがうまいところと思う。ただ、全体注意して読まないと前後関係がわかりにくい、と感じた。
・そのうち会話に割り込みたくなり耳を澄ましたが、聞けば聞くほどここでは自分が打ち解けた一つの言葉も持たない異邦人なのを思い知らされるだけだった。そして新鮮に思えるこの感覚も、実は長い年月を掛けて皮膚に同化した皺やシミのようなものなのだと思い知ると、急にからだが豆粒ほどにも縮んだような気がした。(48P)
おっぱい
妻の由子の横になったり中学校の時の恩師康先生が、娘で盲目の美花をつれてやってきた。二年前、彼女は新婚の私たちのベッドに横のなるなどして「私はまだ処女だけど、結婚したら1日に3会はしないと気が済まないとおもうわ。」と言っていた。それが今度は赤ん坊づれで「ああ、今度はおっぱいね。」と言いながらポロンと左の乳房をだした。
舞台役者の孤独

011224