新潮社ハードカバー
南伸坊が養老先生の個人授業のノートを公開、と言う形を取り全部で15章、講話を通じて何かを考えさせる書である。気のついたところを抜き書きする。
人間はなぜ解剖をするのか
知りたい、わかりたくて始まった、と言うのは重要なポイント。機能論は入らないというのも注目。
どこまでが許される「毛」か?
うーん、難しい。この論は大腸と小腸は同じにもつながっている。言葉が切る話。ついでにノート五臓六腑=心臓、肝臓、腎臓、膵臓、脾臓、胃、大腸、小腸、胆嚢、膀胱、三焦(?)
耳小骨
もとは顎関節、骨の振動を入力して音として感じる。
目玉の話
ほんと、よく像がひっくり返って認識されないものだ。
セクシイ
睾丸はなぜでている、おっぱいはなぜでている。あれは信号なんだってさ。孔雀の羽根の目玉の話も面白い
形からわかること
本当になぜ赤ん坊は可愛いと感じるのだろう。歳よりは醜いと感じるのだろう。
科学の哲学の話
何が科学で、何が科学じゃないか。科学は実証的でなければならないは信仰。
大人になって遺伝子組み替えが起こる・・・・一つの個体であれば、受精卵が分裂して出来たんだから、全部同じ遺伝子を持っているはずだ?
無限の話
脳にとって冗談とは何か
へッケルの個体発生・・・・無限の自己相似・・・・夢野久作「ドグラ・マグラ」(胎児の夢)
世界1、世界2、世界3
微少電流による記憶のよみがえり・・・・「死人が最後に見た光景は網膜に焼き付いている」
「ありのままに見る」難しさ。
現実とはなんぞや。
われわれはある種の現実を、つねに現実だと感じている。
何が現実であるか、何が現実でないかを決定するために、われわれは入出力系に「重みづけ」をしている。・・・なぜ猫は腹がへってもキュウリを食べないか。なぜ死体は不気味か。
忘却の彼方
老いてぼける・・・「忘却力の爆発的な発揮」「圧倒的に旺盛な忘却力」
復習等
病気は自然に治るというのが常態。
土地医者は駄目、土地坊主は駄目。
子供のナイフ事件・・・・本来のナイフは鉛筆を削る道具という教育。
むずかしいただの人。
・・・組織人の論理。警官は面倒な事件を背負いこんで、自分も周囲も忙しくなるよりは、事件を知らないことをえらぶ。先生は子供の教育ではなく、本音では自分の身の上を考える。ジャーナリストはいかに会社に迷惑をかけないような報道をするか、それを本気で考え、実行する。