快読シェイクスピア         河合隼雄・松岡和子


新潮社

シェイクスピア全作品の新訳に取り組む翻訳家松岡和子と臨床心理学者河合隼雄のシェイクスピア六作品に関しての対談集である。
この書を読むために、過去に読んだ「ロミオとジュリエット」「ハムレット」「リチャード三世」を読み直した。「夏の夜の夢」を始めて読んだ。残りは発見できなかった。対談であるから結論があるということではないようだ。読んだ四作についてのみ、書かれているポイントを列挙し、あわせて私の感想をつけることにした。
ロミオとジュリエット
・ ジュリエットは十四歳で、この恋をすることによって四日間で大人の女に急成長する。それがどんなに凄まじいことか、良く描かれている。
・ 十四歳という精神と肉体のアンバランスが目立ち、ジュリエットは揺れている。その周りの人間は下半身の話をし、ダジャレばかり飛ばしている。
・ マキューシオがマブの女王と寝たと話すことによって、すごいことが起る予感を与えている。対してロレンス神父は論理を貫徹し、ジュリエットに運命に抗させようとするが完全に失敗してしまう。
・ シェイクスピアは隠れカトリックだった?その徴候が作品に見られる。
・ もっともピュアな恋愛は、あちらの世界で成就することである。十三・四才の子供が自殺するというのは理解できる。
ジュリエットは分かるがロミオは何歳だったのだろう。この作品でロミオがジュリエットにほれたのか、その逆だったのか。私はその辺がこの作品のポイントではないかと思う。私が読んだ感じではどう見てもかなり年上のロミオがリードしている恋愛と読める。宴会で口づけし、お互いに恋心を燃やしたとは言え、庭園に忍び込んだのはロミオなのだから。
ロミオはやたらに喧嘩早い。そしてすでにロザラインなど何人かの女性と恋愛経験がある。そんなロミオが、わずか四日ばかり前にひっかけたばかりのジュリエットの死体を見て、短兵急に毒を呷ったとはなんともおっちょこちょい!。少なくともロミオサイドから見れば、この恋愛はピュアな恋愛とは呼べないような気がする。
間違いの喜劇
未読
夏の夜の夢
・ 夢というものを良く分かっている人の書いた作品。作品全体がアテネの公爵シーシアスと婚約者のヒポリタ、四人の若い恋人たち、芝居をしようとする職人たち、妖精の王と女王を中心とする妖精たちの四つの層から成り立っている。シーシアスとヒポリタは割に意識の世界に近い。妖精の世界は一番奥の無意識の世界。どの層で夢を見るかによって違う。
・ 登場人物がすべてペアになっている。女が男の軸を動かしてはいるが、話を決めるのは男の方である。ロバになったボトムが非情に重要な役を演じている。
・ 話全体は四幕で終わっているが、第五幕の存在が構成を面白くしている。
この作品を読んですべてが夢という仮定が必要だったか、あるいはなかったらどうだったろうか、と考えたことがある。するとほれ薬をかけられた恋人たちの呪縛を誰がどのように解くかということが問題になり、もっと面白い劇になりそうな気がする。もう一つ考えなければいけないことはもともとがこの作品、結婚式の余興用に作られたらしいいうことだ。そうとすれば作者は如何に新婚の二人を祝い、出席者を気楽に楽しませるかを考えたはずだ。ドタバタ劇風の作品構成がそれで理解できる。
十二夜
未読
ハムレット
・ 上海戯劇学院での「誰がハムレット王を殺したか。」という芝居の稽古をみた。ハムレットは常に迷い、行動は首尾一貫しないものが多く、引き裂かれた人間の極みだ。
・ ハムレットは三十歳だが、二十代前半みたいな言動が目立つ。中年の危機だろうか。
・ 解説役ホレイショーの設定が面白い。
・ 母親の再婚を許すことが出来ない。さりとて殺すわけにも行かぬ。
・ ハムレットは王に見合う結婚、オフィーリアはお父さんの許す結婚に縛られていて、二人とも自由に行動できない。
・ ハムレットは恋愛よりも男同士の関係を重視する体育会系か?
・ エリザベス朝末期からジェイムス一世時代はモラルが崩れに崩れた時代だ。そんな中にあってシェイクスピアは常に名誉を問題とした。
・ ハムレットの登場人物は常に演技をしている。同時に他者の演技を注意深く観察している。
・ 最初のエルシノア城城壁の場面はまさに埃鎮めの妙である。
亡霊から父親が叔父に毒殺されたことを知る、役者に亡霊に言われた通り演技させ、それを現国王がみて不快な様子を示したから、亡霊の言うことは真実に違いない、という前提に成り立っている。亡霊が仕組まれたものであるとすると上海戯劇学院のような説も成り立つわけで推理小説的見方からも面白い作品になる。
この作品では二つ疑問がある。第一はハムレットはオフィーリアを本当に愛していたか、という点だ。それほどではなかった、という気がし、体育会系説はうなづける。第二はハムレットはなぜ狂人を装わなければならなかったか、という点だ。現国王がハムレットが自分を襲おうと考えているらしいから、その危険を逃れるためにやった、というのなら忠臣蔵の大石内蔵助みたいで理解できるのだけれど。
リチャード三世
・ リチャード三世の悪の魅力が観客を引き付ける。悪党になるより仕方がないと宣言し、それに向かって驀進する。そして自分の母親からも否定される。
・ リチャード三世を入れると十人が死ぬが舞台で死ぬのは彼だけ。
・ リチャード三世は役者で弁舌さわやか、人心操作もお手の物。アンもマーガレットもひっかけ、すぐに相手を馬鹿にした台詞をはいている。
・ リチャード三世の操作の力に女性たちの呪いの力が挑戦する。
・ 頂点を極めた後の転落は早い。しかもこの時リチャード三世は突然無力になる。
この作品は対談の通りシェイクスピアが創り出したリチャード三世の悪の魅力に尽きると思う。最初の独白もアン、あるいはマーガレットとのやり取りも理屈なしに面白い。確かに権力をい手中にした後のリチャード三世はもろすぎる気もする。しかし五幕という制限を考えるとこのくらいで良いのだと思う。
010315